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あの、中京商業を完封

まこち、ぱやんぱやんしちょっかいよ!おとしてかい、ちんがらじゃが

(本当に!(失敗したのは)うわのそらでやっているからよ。落としてしまって壊れてしまった)

 朝日カルチャーで「京都学入門-京都検定に向けて」という講座を受けた。京都在住の佛大非常勤講師の講座である。京都検定を受けたいわけではありません。京都を知りたいのです。現地に生活しているお人の話を聞けるんです。いい講座です。熱く語っていただきました。秀吉の作った京都の話。

高鍋高校 平原美夫 その8

スポーツ山脈 (編集委員 蒲牟田 勇)

高鍋高校 V候補中京商を完封

野球部 8

 高鍋高が2度目の甲子園出場を決めた1959年(昭34)夏の東九州大会決勝戦は、大変な熱気の中で開始された。決勝戦の舞台となった鹿児島の鴨池球場のスタンドは超満員、両校の応援団や一般の観客で埋まった。上空には宮崎のデパートがチャーターしたヘリコプターが「高鍋頑張れ」の垂れ幕を下げて旋回していた。

 1000人の高鍋応援団の先頭に立っていたのは団長の金橋(昭35卒)金橋のリードで一糸乱れぬ応援ぶりが評判となった。

 名門鹿児島商と新興勢力の旗手として注目されていた高鍋との一戦は予想通り大接戦となった。追いつ追われつの接戦は結局、3対2で高鍋にがい歌が上がった。

 「さあ、甲子園」。高鍋高キャンパスには、初出場の時とは違った興奮が漂った。当時のメンバーは次の通り。

 【中】甲斐(昭35卒)【遊】津江(昭36卒)【捕】工藤(同)【投】永友(昭35卒)【左】古屋(同)【三】岩岡(同)【右】黒木(昭36卒)【二】守園(昭37卒)【一】日高(昭36卒)。

意気揚々ト甲子園に出掛けた高鍋ナインの相手が決まった。その相手は何と優勝候補の最右翼中京商

 中京商と聞いただけで、高鍋のファンはもちろん選手たちも半ばあきらめの心境だった。「もう高鍋の夏は終わった」とスタンドにため息が起ころうとした時、目前のグラウンドでは意外な試合展開が始まっていた。

 永友が絶妙なピッチングで中京商打線を完璧に抑え込んだのである。結果は4対0.予想もしなかった高鍋の勝利だった。

 2回戦の相手もこれまた強豪の天理。この試合も永友が好投して猛打の天理打線を寄せ付けなかったが、勝負の女神は最後まで、高鍋にほほ笑まず、延長15回、0対1で惜敗した。

 エースの永友はこの大会でのピッチングが再評価されて、アメリカ遠征チームに選ばれ、ハワイなどの8試合に登板している。(敬称略)

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