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惜しくも準決勝で負ける

夏の甲子園組み合わせが決まりました。甲子園での練習も始まりました。いよいよですね。今年の優勝候補はどこなんでしょうね。宮崎代表、延岡学園の相手校は卓球の愛ちゃんの学校です。スポーツ熱心な学校ですから、強そうです。授業の半分は体育の授業だとか。

スポーツ山脈 (編集委員 蒲牟田 勇)

高鍋高校 木樽から先制もサヨナラ負け

野球部 13 平原美夫 12

1965年(昭40)夏、通産6度目の甲子園出場を果たした高鍋は、エース牧慶二郎(昭41卒、南海-オリックス)の快投でテンポ良く勝ち進んだ。保原(福島)を1安打、東邦をこれまた1安打と完璧なピッチングで抑え込んだ牧が、準決勝で大会随一の木樽政明(銚子商)と大会史上に残る投手戦を演じたことは前回紹介した。

 どちらも大会屈指の本格派、牧は変則的なセットポジションから重い速球と大きなカーブ、オーソドックスな投法の木樽は、外角速球とキレのいいカーブを対抗した。もし両者に違いがあるとすれば、牧が比較的カーブを多投したことだろうか。甲子園にはこの投手戦を一目見ようと約2万人が詰め掛けたが、そうした緊張の中で先取点を挙げたのは高鍋だった。中堅後方への大飛球を背走また背走で捕球した矢野(詳41卒)の超美技などで牧をバックアップしていた高鍋は4回、その矢野が木樽のカーブをうまく右翼線に二塁打、バントで三進した後、3番小沢(昭41卒)が内角高めの速球を左前に落として先制した。

 しかし、高鍋の得点はこの1点だけで、力投する牧を孤立させる結果となった。孤軍奮闘の牧は8回、銚子商打線に捕まって同点にされ、最終回、1-2とサヨナラ負けを喫してしまう。

 だが、ここまで戦えばナインに悔いはなかった。高鍋野球部の育ての親といわれた監督の平原美夫(故人)に「これまでで一番下手なチーム」と酷評され、牧を除いてこれといった大柄な選手はいなかった平凡なチームにしては、上々の出来だった。大会関係者の評価も高く「優勝してもおかしくないチーム」といわれた。大会を通じて12打数6安打をマークした小沢は優秀捕手に選ばれている。

 この大会、そうした激戦の間隙(かんげき)を縫って同じ九州勢の三池工が優勝するのだが、ベスト4に九州勢が2校も残ったのは史上初だった。もちろんこの大活躍に地元の高鍋町をはじめ、宮崎県民は大フィーバーで帰郷したナインを迎えた。そして、高鍋の名は全国に広がり一躍有名校となった。(敬称略)

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