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於大の方が住んだ“椎の木屋敷”

刈谷市の続き 椎の木屋敷跡 於大公園

 Siinoki 椎の木屋敷は、刈谷城の谷をへだてた東北に、位置していた。 初代の刈谷城主水野忠政の娘である於大の方」(14歳)が1541(天文10)年、岡崎の松平広忠16歳のもとへ嫁ぎ、翌年、竹千代(徳川家康)が生まれる。
 竹千代出生の翌年忠政が逝去。家督を相続した於大の方の兄信元が今川氏から織田氏に鞍替えしたため、今川方の広忠は於大の方を離縁Odai_1 し、3歳の竹千代を岡崎に残した。於大の方は刈谷に帰されこの地に住まわれた。 1547(天文16)年、於大の方は阿久比城(知多郡阿久比町)主久松俊勝と再婚。後に3男(康元・康俊・定勝)をもうける。

 銅像が雨に濡れて哀しそうでした。世の無常を訴えているかのように・・・。(刈谷城のジオラマが郷土資料館にあります。椎の木屋敷もあります。)写真は今年5月13日に撮影。

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