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種樹 外遊へ MIYAZAKI

 中日ドラゴンズは落合監督に年俸変動制契約提示へ 。落合監督は2年契約を提示されたって。4年目頑張らないと、年俸が下がるかも。実績を残したんだから継投は当たり前!!でしょ・・・。

 さて、仕事をやめてしまった、郷土の偉人、秋月種樹はどうしたか。

 明治3年7月に大学大監も侍読もやめたが、同月御用有之東京滞在仰付けられる。10月民部大丞兼寺院頭に任ぜられる。

 (前年明治2年正月に烏丸氏と結婚しておりました。大事な事が・・・。)

明治4年7月、種樹は民部大丞兼寺院頭を辞することを願い出て許されています。同時に直垂地一巻下賜される。8月左院少議官に任ぜられる。(勅任一等)11月願いにより本官を免ぜられる。

 このころ、顯官の欧米視察が盛んに行われて、種樹は明治天皇の思し召しもあって洋行の途につくことになって官職を辞めたんですね。

 いよいよです、年末までに用意を済ませます。明治5年正月27日横浜港から外遊に出かけます。コースは横浜港 → 西へ → インド洋 → スエズ運河経由 → 欧州です。一行は、左院議官を含め31人に達し、賑やかや航海であったようです。

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