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“1リットルの涙と歩いた20年”を見て

日曜。朝五時。

NHKの「いのちは終わらない~“1リットルの涙”と歩んだ20年」こころの時代~宗教・人生を見た。聞き手は石澤典夫アナウンサー。Bamenn

 20年前に出版された『1リットルの涙』は読んではいないが、娘さんを亡くされたお母さん木藤潮香さんの話が聞きたかった。

 日記を本として出版された理由を初めて知った。日記を書いた亜矢さんは脊髄小脳変性症にかかっていた。

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生きてる証が欲しい。

私は何のために生きてるの。

役に立Nikki_1つ仕事がしたいと言った子は人の世話になりっぱなしで人生を終わってしまう。とてもじゃないけど無念だろう。

亜矢ちゃんの日記は、本という形になってどっかで役立つことを実感させてやらなければならない。有るのは日記だけしかない。これしかないと思って全部読んだ。必死で原稿用紙に向かわれたと。木藤亜矢さんが23歳の時に出版。一年で30万部も売れる。全国の読者から手紙が来るようになった。

画像はNHKのテレビを携帯で。

再放送は教育テレビ 11月5日(日) 午後2時から3時

見ず知らずの人たちと触れ合うことが出来て、

しかもふれあいの元が、

自分のかわりに働いてくれた本。

亜矢の行き方を自分に取り入れてくれたと感じた時嬉しがりました。

亜矢さんは、26歳で静かに息を引き取った

亡くなってから20年。

今、木藤潮香さんは

講演の依頼に全国の各地を飛び回っている

たとえどんな苦しみに出会っても、かけがえのない人生を大切にして欲しいと訴えていると。

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優しさ・癒し」カテゴリの記事

コメント

 「1リットルの涙」はタイトルは知ってましたが、読んでません。豊橋の方ではないでしょうか?病気で亡くなった人、自ら命を絶った人、事故でなくなった人、今まで周りにいろいろいましたが、自分の死を見つめながら、生きるというのはどうなのでしょうか。
 母を胃がんで亡くしています。告知はしませんでした。隠しとおしたつもりですが、どうだったのでしょう。医師の判断で母は告知に耐えられる性格ではないとされ、家族としてもそう思ったので、しませんでした。はたして、良かったのか、未だにわかりません。
 以前、入院した時に患者が答えるアンケートがあり、その中で告知をされたいかという項目があったのですが、私が記入する前に、主人がその項目だけ、はいの方に丸をつけてありました。どうやら、私は告知されそうです。まあ、一人で背負っていくのは辛いのはわかるけど、自分で判断させてよ~。で、多分、自分の場合にはいいえに丸をつけるんだろうな。こんな夫婦です。

ぼんやりっこさん

最近、『1リットルの涙』は文庫にもなったようです。
20年前に読んだ人が、母になって、あらためて読んで手紙をだしたりするようです。テレビドラマだけでなく、映画になったりしてるとか。

今日も中学生の自殺の報道がありました。残念ですね。「たとえどんな苦しみに出会っても、かけがえのない人生を大切にして欲しい」という木藤さんの願いは届かないですね。


 先週の月曜日に次男の同級生が亡くなりました。28歳でした。小学生の時、一緒にリトルリーグに参加してました。挨拶の出来る面白い子供でした。突然死って、心不全なんですね。自分だったらって、とても思えないです。恐ろしくってね。生きてるのが当たり前だって、思っていますから。

人間、等しく訪れるのが死だそうで・・・。いずれは私にもくるのでしょうが・・。腸閉塞で入院した時、母が胃がんがわかったのも腸閉塞からだったので、もしかしたらと思いました。その時考えたこと。後の始末をどうしてもらうかでした。お通夜や葬儀の段取りから、呼んで欲しい人、遺品の始末などそういうことばかり考えていました。なにしろ主人しかいないのですから、段取りだけは考えていかなくちゃなどと考えていました。10年の間に3人の葬儀を経験したので、どんなに大変か、細かいところで費用がかさむことなどちゃんと言っておかないとと思いました。おかしなものでしょ。

 今でも、全然関係ないのに、「が」と「ん」があると、勝手に「癌」と勘違いしてしまいます。看病はほとんど私だったので、よけい、思い入れが強いのかもしれません。告知も私が最初でしたし、母自身が私が本当のことを知っていると思って、ずいぶんかまをかけてきました。

 そうして、仕方が無く逝く人もいるのに、自ら命を絶つ人もいるんですもんね。でも、その人もがんばって、がんばりきれなくなってその道を選んだのではないかと思います。ご両親とか先生、友達、それにいじめた人たち、みんなを傷つけて、それでもなお、その道を選ばざるをえなかったのかもしれません。その人たちもずっと苦しみ続けることになるんですよね。「命を大切に」と言う事は簡単に」できるけど、だからと言って、自殺をする人たちの心の中にまで入って、助けることはできるのでしょうか?哀しみでいっぱいの人にまだがんばれと誰が言えるのでしょうか?難しい問題だと思います。

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