« 雨のふる寒い日 | トップページ | 郡上八幡城と紅葉 »

滋恩寺護国禅寺 郡上市八幡町

 南区園芸友の会の行事で岐阜県郡上市に、朝8時半南区役所まえを出発する。雨がぱらついている。

 予定通りに、郡上市に、途中バスの中は大変盛り上がる。Mさんが何度も誘ってくださり、やっと重い腰をあげ参加するが、Mさんに誘ってもらったという人がもう一人。行く積もりだったが、連絡しなかったDさん。前日の連絡だったが、一人参加をキャンセルされた方があったのでセーフだったとか。思い込みが強くなったり、ボケたかなと盛り上がった。今回の参加は29人、うち男性2人。

04204  まず、臨済宗妙心派 鍾山 滋恩護国襌寺 その庭園、荎草園に・・・。見事な紅葉です。絶句!!!

慶長11年、八幡城主遠藤但馬の守慶隆公が開祖となり、京都大本山妙心寺の円明国師を勤請し、その高弟半山襌師を迎え、釈迦如来を本尊とし創建される。

元文3年護国の称号と青蓮院宮一品親王の書なる勅額を下賜、また、棠林和尚代には禅堂(修行道場)が開かれた。

惜しいかな、明治26年大水害にて裏山が崩壊し山門、勅使門のみを残しすべて埋没。時に明治天皇、勅使、片岡侍従を差し使わされ、お見舞いを賜る。3年後に復元され現在に至る。

滋恩寺護国禅寺のパンフより。

 大河ドラマの122日の番組放送の中で滋恩護国襌寺が紹介されたそうです。

滋恩護国襌寺は、2代目八幡城主遠藤慶隆が建てる。代々の遠藤家の菩提寺、遠藤家の家系図の中に千代の名が発見された

 

『功名が辻』のなかでは滋賀県の生まれとなっている。これは司馬遼が『功名が辻』を書いたのが40年ほど前で、この寺の古文書の中に千代の存在が判明したのが30年ほど前。その間に『功名が辻』のヒットで出身が滋賀であることが全国に広がってしまう

去年、この放送局は、郡上市にことわりをいれたとか。大河ドラマは毎年、小説に忠実に作られる。ですから、現実とは違うところがあると。この『功名が辻』について04209 もしかりで、出生地という大事なところではあるが、小説に忠実に作られる以上その辺のところどうぞ、お許しくださいというご容赦であったと。(そんな努力がされているんだ。歴史家がドラマを見ては間違いを指摘しているが・・・・。)千代の出生は解ったが、わからんのは、信長の本能寺での最後の撃ち合い。

04203  この寺の中から発見された古文書の家系図と高知・山内家で伝わっていた家系図が一致したそうです。はるか昔に岐阜県と高知県それぞれに作られ、管理されていたものが功名が辻というつながりの陰でひの目をみてそれが一致したこと。

郡上八幡城のお姫さんであったことは間違いないということで専門家の研究が進んでいるということでした。

NHKが使った資料がパネルで展示してあった。

郡上八幡城につづく・・・。

« 雨のふる寒い日 | トップページ | 郡上八幡城と紅葉 »

歴史 」カテゴリの記事

コメント

 みごとな紅葉ですね。目を楽しませてもらいました。大高緑地もずいぶん紅葉してきましたが、なんだか色が違うみたい。空気がきれいだからでしょうか。赤がとてもきれいですね。
 郡上八幡へは行ったことがありません。盆踊りで有名なところですよね。水もきれいだとか。日帰りで行けるのかな?明日の郡上八幡城(本物ですか?)も期待してます。

夏の郡上は盆踊りで眠らないことでも有名ですね。おみやげのキティちゃんも郡上踊りバージョンでした。
郡上は遠いような気がしてましたが、全然近かった。
帰りは、2時間足らずで帰れました。
途中、休憩が一回。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 雨のふる寒い日 | トップページ | 郡上八幡城と紅葉 »

2017年11月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    

ブログパーツ,com

鉄道写真館

  • 0604081
    撮り鉄と乗り鉄の写真館へようこそ!

掛川花鳥園

  • 2
    掛川花鳥園 2006年4月4日快晴
無料ブログはココログ