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秋月種樹の年俸?MIYAZAKI

 秋月種樹は欧米視察から帰った後に、尾崎三郎の訪問を受けます。尾崎も英国から帰朝したばかり。二人は英国の国政を議します。英国には上下二院があって、上院は貴族を議員とし、下院は平民の代表である。英国の今日の富強は議院の力であると。

 英国の例を活用して、わが国も英国の例を採用するであろうと。わが国の華族は(職を解かれた武士)華族は維新以来、職を解かれて東京に集まっているが、無職徒食の状態であると。このままでは、将来議員が開かれて、上院に列してもその任を全くすることは出来ない。ここに華族教養機関を設ける必要があるということになり、尾崎と種樹は計画を練ったんです。素晴らしいふたり・・・。

 種樹もつよくそのことを感じていたので、直ちにその設立に賛同し、同士を募り、鋭意画策の結果、日比谷原頭に見事な会館が出来上がった。

 華族会館の会則は事務分掌規定まで細かく整い、その事業については静養議事法、書籍局、会計局等の設定など多岐に渡ったと。

 明治天皇の耳に入ると、凄くほめてもらった・明治8年10月会館に親臨し給い、種樹ら発起人に対して明治天皇からの勅語。

 汝等朕ガ意を推拡シ、主唱欺館ヲ創立ス。朕コレヲ喜ミス。今後彌々以って勉励セヨ。

 このうち、図書館は、学習院となり、華族子弟の教育機関として今日に及び会計局は十五銀行となり、華族資産の保存増殖機関として華族の福祉に貢献する処多大であったと。

 明治天皇の華族会館臨幸の三ヶ月前、即ち八年七月種樹は元老院の設立と共にその議官に任ぜられ、年俸二千五百円を下賜になった。

で気になるのが、当時の貨幣価値です。

岩倉具視 (1825~1883)
 江戸時代の岩倉家は、家領150石の下級公家。
 明治元年、議政官・議定、月俸700両。
 明治2年、大納言、現米年900石(月600両相当)。
 明治4~16年、右大臣、月俸600円。

板垣退助 (1837~1919)
 江戸時代の板垣家は、土佐藩300石の上士。
 明治元年、議政官・参与、月俸600両。
 明治4~8年、参議、月俸500円。
 明治8年、征韓論に敗れて下野。
 明治29年、伊藤内閣の内務大臣、明治31年、大隈内閣の内務大臣、月俸500円。

伊藤博文 (1841~1909)
 明治元年、外国官・判事、月俸500両。
 明治2年、大蔵省・少輔、現米年450石(月300両相当)。
 明治4年、工部省・大輔、月俸400円。
 明治6~18年、参議、月俸500円。
 明治18~21年、総理大臣、月俸800円。
 明治23~24年、貴族院議長、年俸5000円(月417円)。

こうしてみると、秋月種樹の年俸がどんなものかわかります。伊藤博文の総理大臣は破格ですね。年俸に直すと、9600円

参考書籍 日向文庫 秋月種茂と秋月種樹 武藤麒一 安田尚義 共著

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