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鳴海城跡・・・桶狭間の戦い

寒い一日だった。猫もこたつで寝ている。

 長浜でお会いした、『センゴク』の作家、宮下氏は、次に何を描きたいですかの質問に「桶狭間の戦い」が描きたいと言われた。そこで、その時の戦場のひとつである。鳴海城について書こう。

  1836_1 鳴海城跡は、名古屋市緑区 名鉄鳴海駅から北東に少し上がったところにある。今は部分的にしか残ってなくて、城跡の石碑が建っていて、柵で囲ってある。

 高札よると、鳴海城跡・・・・は

  根古屋Narumimap_3 城ともいい、応永年中(1394~)安原宗範の築城といわれる。永禄3年(1560)桶狭間の戦いでは、今川方の猛将岡部元信がこの城に配され、義元が討たれた後も最後まで立てこもって奮戦した。その後、佐久間信盛、正勝らが城主となったが、天正18年(1590)廃城となったと伝えられる。

 『尾張志』は東西75間、南北34間で四面に城跡、本丸と2・3の丸にも堀を残すと記している。 名古屋市教育委員会  ・・・とある。

 Syo_img 鳴海城跡に行く途中に、東海道53次の宿場のひとつ、鳴海宿跡本陣跡の高札があります。
 
幕末のころ、そのおよその規模は間口39m・奥行51m・建坪235坪・総畳数159畳でした。平成8年までは本陣長屋門の一部が残っていましたが、廃屋で危険なため撤去されました。

 もう、少し行くと誓願寺が左手 に見える。その奥には、鳴海城の堀があったとされ、夏には発掘が行われていた。江戸時代の瓦のかけらとか発見されたらしい。

 誓願寺は天正元年(1573)に創建されました。本尊は阿Seiganji弥陀如来で境内に芭蕉供養塔、芭蕉堂があります。芭蕉供養塔は、芭蕉が没した1ヶ月後の元禄7年(1694)11月12日に鳴海の門下達によって建立された日本最古のもので、市指定史跡となっています。
  初めは如意寺にありましたが、誓願寺に芭蕉堂が建てられたために移転されました。

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