« 2006年12月 | トップページ | 2007年2月 »

そのまんま日記知っていますか?

ついに児湯郡まで来たか!!!自然の猛威が止まらない宮崎県。前知事だったらどうなってただろうか。東国原知事でよかった。と思っている人は少なくないだろう。今日の知事さんは眉間に縦ジワが気の毒だった。
 それでも頑張るしかない知事さん。県民は健康を心配してるでしょう。費用のかかる知事公舎に入っても誰も公約違反とは言えないでしょう。安心なら知事公舎に住むべきではないですか?期待されている知事さん、宮崎県の皆さん、頑張ってください。
知事さんのそのまんま日記が公開されています。人となりなどがよく解る日記です。

 夕飯は、鶏インフルエンザ?で値打ちになってる、宮崎赤どりを塩コショウして炒め焼きにしました。いつもの味でした。
 
 暖かい一日でした。名古屋市見晴台考古資料館の庭に一本だけ満開の梅の木がありました。まわりに何本も梅の木がありますが、まだ、ようやっと蕾がほころび始めたところです。 Ume_1 Koubai_1

孤児救済に愛と情熱 石井十次

 何かと話題になっている宮崎県。テレビ出演者が、地鶏の炭火焼きや、金柑を食べてはおいしいっていっているので、(じゃろじゃろ。うんめがね)と日向弁で言ってみる。
 自分が若いときは、マラソンランナーの宗兄弟や谷口選手がインタビューに日向弁で答えていると、くすぐったいような、恥ずかしいような気がしたものだ。50代も半ば近くなった今は、全然嫌じゃない。東国原知事の宮崎言葉はむしろ心地いい。今日も東国原知事は忙しそうだ。
 テレビが点けっぱなしになっていて、思いっきりテレビの「今日は何の日」で、1月30日は石井十次の命日と言っている。(これは見なきゃいかん) とあわててテレビの前にすわる。

  「孤児救済に愛と情熱」 孤児の父石井十次故郷・宮崎県200701281220000_1 200701281221000_1 200701281223000_1木城町の字幕・石井十次記念友愛社の映像。懐かしい。テレビで見ると余計にいい所に見える。友愛社は前を通ったことはあるが、中に入ったことはない。館長の児島草次郎さんも出演される。友愛社の創始者石井十次の話は子供の頃から聞いて育った。
 最近、宮崎の友達日向人さんから、友愛社に行って来たって、写メールが届いたばかり。200701281237000
200701281259000_1 彫刻家田中等氏の2006年11月4日の日記に友愛社の記述があり、館長の草次郎氏は高鍋高校の同級生とあった。草次郎氏の祖父児島虎次郎は岡山大原美術館とゆかりの深い人です。友愛社にはかかわりのある人が多くて、話をまとめる事が出来ませんでした。太字をクリックしてください。それぞれのところにリンクします。(写真はすべて、日向人さんからお借りしました。左側は田中等氏作 石井十次像 右はルノワール作 ココ像)
 ルノワールには思い出があります。高校3年の12月18日。高鍋から夜行バスで福岡文化会館にルノアール展を見に行きました。今と違って高速道路がありませんでしたから、片道8時間位かかりました。初めてルノアールの作品を沢山みて感動しました。ルノアールはココの絵も描いています。
 
 このブログを書き初めて、沢山の方に情報をいただくようになり、ブログがとても意味のあるものになってきました。
 天誅組の古~い映画の話 刈谷市 で講演された、鈴木 哲氏から 松本奎堂や坂本龍馬に関する資料を送って戴きました。皆さんに大事にしていただき感謝の気持ちでいっぱいです。有難うございました。
これからもどうぞよろしくお願い致します。<m(__)m>

Isiijyuji田中等氏から、石井十次像のアップの写真が届きました。ほんとにリアルです。

フェデラーは強かった!

朝のうちは曇っていたが昼前からいい天気。春のようだと思っていたら、気の早いバッタが生まれていた。大丈夫かな、まだ寒い日があるだろう。まさかこのままの陽気は続かないと思うけど。Dsc05213

 全豪オープンテニス男子シングルスやっぱりロジャー・フェデラーは強かった!こんなに強いのに人気がないのかな。素人がみてもプレーは素晴らしいと思うけど。スタンドのファンの声援はすごかったね。決勝戦の試合の概要が動画で見れるサービスがあるんですね。
http://www.wowow.co.jp/tennis  をクリックしてwowowのサイトの左上のデイリーナビ動画から。

青島亜熱帯植物園のチューリップ

Aosima  今朝の朝日新聞に「冬の奇跡」というタイトルで宮崎県立青島亜熱帯植物園の満開のチューリップの写真が載っていた。満開の様子がよく解る。1月18日に日向人さんの写真を掲載してあるが・・・。

富山県砺波にも一年中チューリップが咲いている「チューリップ四季彩館」があるらしい。

宮崎県知事さんは今日もTVで宮崎のPRをしていた。東国原知事のおかげだろうか、最近宮崎を取り上げる番組を二つ見た。
✿ 宮崎の名産って知っていますか。ってリポーターが聞いている。東京の人は知らない人が多かった。
✿もう一つは今日、宮崎の焼酎の話題。酒を飲まないが、焼酎の匂いは嫌いではない。焼酎というと、原料は芋と思う人が圧倒的だと思うがいろんな素材の焼酎がある。亭主は米が好き。皇太子が独身の時に買ったという百年の孤独は大麦焼酎を熟成させたもの。
✿今日の取って置きは***日向夏にさしみ醤油をかけて食べるというちょっと考えられないような組み合わせ。宮崎の醤油は甘いので合うのだろうか。甘酸っぱくて美味しいそうだ。試食した人も驚いていた。名古屋のスーパーでも日向夏をみかけるようになってきた。

シャラポワが負けたの?

 夕刊を見たら、全豪オープンテニス女子シングルスのS・ウィリアムズが2年ぶりの優勝とあった。シャラポワはわずか63分で負けたらしい。今回は準決勝はいい試合が出来たと言っていたが他の試合は納得してなかったのかな。テレビ放映がないのでわからない。来週発表されるランキングでは一位に返り咲くとか。
 一方男子シングルズは明日が決勝。ゴンザレス(チリ)とフェデラー(スイス)の決勝です。
 テニスのコーチにシャラポワの試合はニュースになるけど、フェデラーは全然話題にもならんねって言ったら、テニスやってても知らない人がいると教えてくれた。コーチはフェデラーみたいに強く格好よくなりたいらしい。プロ選手のフォームは無駄がないので真似するのも良いよって。

 中々上手くならないテニス。せめて現状維持を図りたいものだ。

訪問者数 5000に深謝!!

 昨日のうちにIPアクセス数が5000を越えました。
訪問してくださった方々有難うございました。
これからもよろしくお願い致します。Sakurasou

お地蔵さんも・・・中国製!!

 東海市役所に建てられたと言う、鷹山公の石像を見に行こうと思っていた。(1/25掲載)が辞めた。彫刻家田中等氏にメールを頂戴した。その内容にがっかりする。いまや何でも中国製ですね

ブログ読みました。
鷹山と平州の像は
画像で見る限り
中国製のようですね。
記事にはそのあたりの記述はありませんでしたか?
高鍋の灯篭もですが
最近、こうした石像も中国製がものすごく多いのです。
かなり前に兵庫のお寺か神社の参道に
中国製の赤穂四十七士の像が建ちました。
どうしてこんなものを予算だけの考慮で建てるのでしょうか。

えーっ・・・うっそー・・・
改めて写真を見て納得です。石像だからこんな彫り方がされているわけではないんですね。何てことでしょう。高鍋の町に並んでいる灯篭も中国製だった。気味悪いだけの灯篭!!東海市役所の石像は決して気味悪いものではありませんが・・・。 いや・・・それに近いかも・・・。同じ頃に作られた、平洲中学校の陶製の坐像に比べると全然違う。質感だけではありません。Photo_14 1_4

 田中氏のメールには兵庫の神社にある赤穂四十七士の像(クリックしてね!)のことも書いてあった。
 トドメは路傍の地蔵も今はほとんど中国製です。

 日本の文化は消滅ですよ。ともあった。

 歴史遺産・史跡の好きな私にはかなりの衝撃。本物がなくなっても痕跡だけでも残して欲しいと願っているのに・・・・。

 のちの歴史書には 中国製の石像が安価だったので日本国中に設置された。なんて掲載されるかも・・・ね。

上杉鷹山公と細井平洲の石像・・・

 **高鍋町美術館で2月1日まで開催されている、高鍋町美術協会展の案内が届いている。中に高校の時の美術部の先輩田中等氏の写真がある。高鍋町美術館にある、上杉鷹山公と秋月種茂公の銅像を作られた彫刻家である。はじめて二つの像を見たときはほんとに感激した。

 1_3 その鷹山公の石像が愛知県東海市役所正面玄関に完成したらしい。東海市と米沢市の交流の発展を願って制作されたとある。上杉鷹山の師である、細井平洲の二体が並んでいると・・・。石像は御影石製で、平洲先生が高さ1.50m、鷹山公が1.45m、台座が50cm。設定は平洲先生が48歳、鷹山公が25歳。石像の台座には、19歳の時に初めてお国入りする鷹山公へ平洲先生が贈った言葉
「勇なるかな勇なるかな勇にあらずして何を持っておこなわんや」と鷹山公の名言
「なせば成る なさねばならぬ 何事も成らぬは人の なさぬなりけり」が刻まれているそうです。作家の名前が書いてない・・。(写真は東海市平洲会会報より)

 **息子が無線ランをというので、ハードオフへ行く。今使っている2代目のパソコンはノートでジャンク品。まともに動いているから掘り出し物と言うことか!!
 店の中には、液晶テレビ・パソコン・プリンター・楽器などの大型小品から、デジカメ・ICレコーダー・カードの類まで並んでいる。息子はジャンク品の箱に掘り出し物があるという。見ているだけで飽きない。
 目当ての無線ランルーターは見つかるが、パソコン側の子機はなかった。こちらは大型電気店で購入。家に帰ってからのセキュリティの設定が面倒だって言いながら設置していた。私にはさっぱり、わかんない。取り説見ながらでも一人じゃ出来ない。知識があるとないとでは、設備?投資の額に差が出ても仕様がないかと思ったり・・・。 (ーー;)

天誅組の古~い映画の話 刈谷市

 1月21日刈谷市郷土文化研究会の刈谷の歴史・文化を語る談話室に参加する。郷土の歴史は最近人気があると聞いてはいるが、刈谷市もその一つだった。80名入る視聴覚室が満席。ここでもほとんどが男性。 

演題 松本奎堂伝説 ~映画「天誅組」と「愛国百人一首」 鈴木 哲  
 1、幻の松竹映画「天誅組」(1928年) 
 2、複数伝えられる松本奎堂辞世句 
 3、愛国百人一首(1941~43年) 
 4、談話の部  

 幻の松竹映画「天誅組」は1928年・昭和3年に作られている。つまり、明治維新から60年。明治維新から還暦ということで、日本国中でいろんな出来事があった。と聞いている。京都の街に石碑がこぞって建てられたり・・・。 

 発表された 「日本映画データベース」による「天誅組」は興味深かった。日本映画データベース http://www.jmdb.ne.jp/ 製作=松竹キネマ(下加茂撮影所) 1928.11.17 電気館7巻白黒 無声 監督・脚本・原作  二階堂兵馬 撮影 杉山公平 出演 堀正夫・千早晶子   主演の堀正夫は1904年生まれ(当時24歳) 千早晶子1908年生まれ当時20歳 この年齢から堀は藤本鉄石(48)や松本奎堂(33)ではなく吉村寅太郎(27)か中山忠光(19)かと言われる。   国際情報社「劇と映画」1928年12月号「松竹加茂へ加入した新聲劇の人気者堀正夫主演、千早晶子助演、冬島泰三作品 とした一枚の写真を提示されてた。ふたりの人物が写っているが一人は堀正夫、もう一人は当時17歳の高田浩吉だという。やっと知っている名前が出てきた。高田美和のお父さん、時代劇俳優の高田浩吉。17歳とかいかに古い映画か。談話の部で80年前に作られたこの映画を見たという人が二名見える。小学校から、と中学校から「大黒座」に見に行ったと・・・ふたりとも少しだけ覚えていると話された。   

 雑誌・新聞の「天誅組」記事 「キネマ旬報」の「天誅組」記事 追跡調査 と話は続き興味は尽きない。

 1236 複数伝えられる「松本奎堂辞世句」では、奈良県東吉野村の阪本基義氏と教育長・議長さんがお見えになっていて、天誅組最後の地の歌碑と刈谷の亀城公園にある歌碑の歌が微妙に違っていることを話される。
 
 公募して集まった12万通から選ばれて作られた、「愛国百人一首」それを元Fujimototessekiに作られたカルタ。愛国百人一首カルタで遊んだという人もいて面白かった。質疑応答も活発に行われ、地元ならではの講座楽しかった。 写真は刈谷市亀城公園の松本奎堂辞世句と京都市御池の駐車場の隅にある藤本鉄石寓居跡の碑

園芸友の会のH田さん

園芸友の会のH田さん、病気治療中と聞いてから中々お会いできなかったが、昨日思いがけずお会いする。家の前を通りかかると、玄関が開いていて奥様が見えたので声をかける。
 「ご主人どうですか・・・」
 「今から、病院に戻るところです。居ますよ」って。
久しぶり、3ヶ月ぶりかな。面会謝絶とか、聞いてたので心配していたが、お元気そうで安心というか、嬉しかった。
 「10人に4人しか会わないという薬が効いていて・・・俺、優等生だよ」って喜んで見える。奥さんもそんなH田さんを見て笑っている。盆栽の仕事がない今のうちに苦しい治療をもう一度受けて・・・病気を小さくして、春になったら友の会に行くよ・・って。
今までに聞いた話と違っていることがどんなにか嬉しい。まだいろんなことを教えてもらえる。母親と変わらないお年なので、まだまだ、元気でいて欲しい。

庭に置かれた、紅白の梅が咲いていた。花が大事で入院出来なかったんだよ。と奥さんが言われる。今度は花の世話がしたくって、元気になると・・・。H田さんが言う。H田さんの花は特に枝振りも花も素晴らしい。Kakurenbo

そのまんま東を育てて・・みんなで

 宮崎県知事にそのまんま東が当選した。夕べの当確のニュースの早さには驚いた。8時から開票のはずなのに、大河ドラマのタイトルが終わらないうちにテロップが流れた。亭主までも「お母さん・・・そのまんま東がとおったがや」と言ってくる。まだ、当確だったが。間違いなく当選だと。

 選ばれたそのまんま東は、それなりの覚悟が伝わってくるが、県の議員はどう思っているんだろうか。先の長野県のようには絶対なって欲しくない。県民が選んだんだから、どうか、厳しくてもいいから協力して、知事として一人前に育てて欲しい。遠い名古屋の地からではあるがそう願っている。大好きな宮崎のために・・・。

御所障壁画展 京都国立博物館

5055_1  京都国立博物館(京博)は正面にある重要文化財である本館に初めて入る。新館の展示は何回かはいったが・・・。
 明治30年(1897)に京都を中心とした社寺に伝わる宝物を保護する目的で、帝国博物館として発足、昭和27年(1952)に国立博物館となってからも仏教美術関係を多く所蔵し、その数は約1万点以上にもなるという。また、内部の中央ホールは、頭柱飾りもつ円柱に囲まれ、天井中央を採光のためガラス張りにした当時としては、画期的な設計となっているそうだ。天井が高く、扉等重みがある。
 
 今回の「京都御所障壁画 御常御殿(おつねごてん) 御学問所」は、さすが、天皇家のお宝と思うものばかりが展示されている。京都御所のHP
・・・・御常御殿は部屋数が最も多く、紫宸殿(ししんでん)と並ぶ大きな御殿です。・・・略・・・御学問所は、御読書始、月並みの歌会などが催されたところです。『図録京都御所障壁画』 より
 
 といこうことは、元治1年に孝明天皇に従って上洛し、同年2月孝明天皇に拝謁しているし、また、明治1年6月15日には明治天皇の侍読を拝命している。この時明治天皇は上洛中である。どこで侍読をしたか・・・御学問所、小御所の記述が『高鍋藩史話』安田尚義著にある。秋月種樹は『史記』と『資治通鑑』がうけもちであったとも。今回展示された障壁画を種樹も見ただろうと思って感慨が深い。

 掲載する障壁画はお土産の絵葉書から・・。「菊」「蘆ニ雁」どれも部分Photo_12 Photo_11

中国の絵が以外に多いのは何故。現在の御所は、安政2年に造営されたものだという。明治天皇のために描き直された「竹ニ虎図 土佐光文筆」もある。どれを見ても、ため息がでるほど美しい。

青春18きっぷ 冬の京都

 青春18きっぷ、冬の有効期間は今日まで!!2枚残っている。読書会の人も3回分残っていると言う・・・・読書会の会員4人で京都まで細見美術館京都国立博物館で心のリフレッシュを・・・。 Hosomi                                                          

 まずは細見美術館(写真)。京都駅から二条駅まで青春18きっぷで行き、地下鉄に乗り換えて東山まで。250円。細見美術館は伊藤若冲の絵が見たいと出かける。平安神宮、美術館などがある一角にあった。入館料は決して安くない。(1000円)酒井抱一、土佐光信、若冲もありました。有名な鶏の絵ではなかったが・・・。それなりに楽しんだ。琵琶湖疎水に沿って歩いていく。途中夷川ダムの北垣知事の像を見ながら、ランチ(何故か、イタリアン)して、南下していく。道は不案内だが、京都の街は碁盤の目のようなので何とかなるでしょう!と鴨川沿いに出るが、排気ガスが嬉しくないので、街の中に入る。ずっとずっと、南5034へ歩くと、祇園に出た。白川夜船・・・の白川・・・?50365031 Kinninjiなんて歩く。 一力を通り過ぎる。おばさんたちは、お店 をのぞいたり楽しみながら歩く。建仁寺にたどり着く。広~いです。建物が一体いくつあるの・・・。天気を少し心配したが、晴れ間も見えてくる。共通一時のころって天気は悪いと思っていたが、今日は別。受験生頑張って!!

 南下していくと、急に道幅が広くなり、見慣れた場所に着く。皆で「えーここに出るの!!」Isigak2i  Kane 異口同音。方広寺のというか、大仏殿跡の大きな大きな石垣です。ついでに、方広寺の国家安康の鐘も見ていく。家康がけちをつけたあの鐘。
 大仏殿は、弥次・喜多道中記に出てくるという。御堂の柱を見つけ、弥次さんがくぐり抜けようと試みるが、脇差しのつばがつっかえて抜けず大騒動へと発展する。という・・・。この話って、奈良の大仏の話ではなかったんですね。京都の大仏のことと、はじめて知って、ビックリ!東大寺の柱を見て、とても、くぐれんと思ったのを思い出す。 
ToyokuniKyouhoku  
豊国神社でお参りして、今日の本命、京都国立博物館の、新春特別展覧会 珠玉の御所襖絵 初公開 京都御所障壁画 を見ます。先日、日曜美術館で放映されたので見たいと思っていた。御所は秋月種樹も高鍋藩士も縁がありますから・・・。 
 
 長くなりそうなのできょうはこれで・・・。

青春18きっぷの旅 亀山城跡

 青春18きっぷが残りそうなので、近場だけど亀山市に出かける。名古屋駅から関西線の普通列車に乗って1時間20分くらい。途中、藤原岳?が見える。頂上に少しだけ雪をかぶっている。

4960 亀山駅が終着駅。駅前から西の方へ歩く。さほど遠くない。ただし上り坂、櫓が見えてくるあたりに亀山宿の石碑。しばらく行くと右手に見えてくるのは石井兄弟仇討跡の石碑。

石井源蔵(33歳)半蔵(30歳)の兄弟が、28年目に父石井宇右ヱ門の敵、赤堀水之介(源五右ヱ門)を討取ったところである。本懐を遂げた石井兄弟は、旧主の青山忠重に帰参を許されて、青山家が丹波亀山(現京都府亀岡市)に移封となると藩主に従って移り住み、生涯を終えた。この敵討は、「元禄曽我兄弟」と称されて、歌舞伎・講談・絵本・浮世絵などに取り上げられ、日本中で称賛された。昭和7年亀山保勝会によって、ここに「石井兄弟敵討遺跡」碑が建てられた。(亀山氏教育委員会)

5003_1 Dsc04971_1

亀山城は、1590(天正18)年、岡本宗憲によって築城された、別名・粉蝶城とも呼ばれたらしい。今は美しい石垣と多門櫓のみが残っている。詳しい案内板がある。    

 亀山公園には蒸気機関車が展示してあった。国鉄の町としてふさわしく末永く可愛がってください。とある。

 4986 天守台の脇の石段を降りた所に、「明治天皇亀山行在所遺構」の石碑と建物があった。秋月種樹を知ってから、明治天皇が身近に感じられる。m(__)m

歴史博物館に回って、(亀山と天下人 ~豊臣秀吉・徳川家康の足跡~)と、館内で5000やっていた(下村千代美染色絵画展)を見る。受付の人が、町の見所を教えてくださる。 写真よりずっと鮮やかだった。
 5012 武家屋敷を見たいと、亀山宿跡から町の中へ入る。旧東の丸にある、家老加藤家の長屋門。保存状態も美しさも素晴らしいです。亀山宿では江戸時代の屋号が書いてあり、江戸時代に思いを馳せて楽しくなりました。亀山ロウソクの店は駅前から県道沿いに変わったと言うので行って見ました。アロマの香りのする素敵なお店。薔薇の花の形とか、ラベンダーの香りとか・・・。和ろうそくもたくさん有りました。

宮崎からの便り・・・

 最近、故郷宮崎からいい話が届かない。
県官製談合事件と知事資金提供問題。鳥インフルエンザで、ブロイラーだけじゃなく、地鶏まで売れなくなっているという。名古屋のスーパーでも見かけなくなった。人間に影響がないことは判っても他の地域の鶏肉があれば、宮崎産の鶏肉は別に食べなくてもいいものね。わかる気はするが・・・・。
 ノロウィルスの問題では、高鍋の天然牡蠣もお客さんがいないとか。かってはジャイアンツの選手や監督も食べたであろう、高鍋の天然牡蠣!私も食べました。蚊口にあるお店で!とっても美味しかったです。父親が小丸川で釣りをしていた時、波が荒れた次の日は牡蠣が上がっているからよく食べたとも言ってましたね。まだまだ、きれいな海です。波が砕ける海見たいなあ。

 出直し知事選挙、今度の日曜日が投票日。そのまんま東が善戦しているらしい。結果が楽しみ。宮崎のセールスマンになれるか・・・。

 日向人さんから、青島の熱帯植物園の『冬のフラワーショー』の画像が届く!!チューリップがよかったって。200701141128001_1 200701141135000

あの震災から12年・・・

 昨年8月20日に龍馬を訪ねて神戸に行った。JR三ノ宮駅から神戸海軍操練所にたどり着くまでにいろいろな思いが巡った。阪神・淡路大震災を直接思い出すようなものは町には残っていなかったが、Photo_10 震災を忘れないために作られたモニュメントや石碑などがひっそり建っていたりした・・・。
 東遊園地は、神戸海軍操練所のほんとに近い場所にある。慰霊と復興のモニュメントで、多数の人の名前を見た。暑かったあの日は人はほとんどいなかったが、今日のニュースは雨の中たくさんの人とろうそくの火がともっている様子を伝えている。神戸新聞web版にその写真がある。クリックしてね!名古屋でも何時、地震が来ておかしくないのだから、地震に備えなければ・・・。

 ブログのメンテナンスがあることをすっかり忘れていた。昨夜パソコンの前でやっと気がつく。

 16日読書会の例会と新年会。
まずは、図書館に集まり、『徒然草』を読む・・・。その後新年会の会場に行く。そこで・・・久しぶりに全員集合する。料理をいただきながら、課題本藤沢周平著『時雨のあと』の読後感を一人づつ言っていく。皆よく読んでいる。読み安いし、話がわかりやすい。何故、江戸時代を書いているのか・・・。など疑問も提示しながら・・・。
 全員集合しても9名しかいないが、他の会も事情は同じらしい。日本舞踊の会は4人・水彩画教室は6人・ヨガは10人を切ってしまい、会費の値上げをしないとやっていけないとか!読書会もこれ以上人数が減ると、大変かも・・・。来月は杉浦日向子著の『ごくらくちんみ』どんな珍しいものが書かれているか楽しみ!!

幕末の志士 刈谷市

 来る1月21日、刈谷市中央図書館で、幕末の志士で、刈谷市出身の松本奎堂にかんする事業予定(イベント?)があるみたい。

平成19年 1月21日(日) 「松本奎堂伝説-映画『天誅組』と『愛国百人一首』」  鈴木 哲 氏

 天誅組は少し興味がある。何故なら・・・坂本龍馬の知り合いや友人が参加したし、天誅組の挙兵は失敗するが、明治維新の導火線に火をつけたと言われる歴史的にも、重要な意味を持つ、事件であるから。(ミーハー的な発言だったか!(~_~;))
 土佐藩出身の池蔵太などは、生家が龍馬と目と鼻の先で古くからの友人だったらしい。他にも、土佐藩士の吉村寅太郎・那須信吾など参加。吉村寅太郎と、刈谷出身の松本奎堂と、岡山出身の藤本鉄石は総裁でナンバー3とも、言われる。
 と書いているが、天誅組といわゆる、人殺し集団(こちらのボスは武市瑞山)のやる天誅が一緒のことだとずっと思ってきたんだから、情けない話。龍馬ファンは30年近いんだが。
 単純に、司馬遼の『竜馬がゆく』の龍馬が好きだった。

 刈谷出身には他に、宍戸彌四郎・伊藤三弥がいる。
 ★身近な場所の歴史は面白いですよ。 写真は刈谷市の宍戸彌四郎の墓と松本奎堂の墓 。Sisidohaka_2

Dsc01202

渡り鳥たち

 名古屋市南部を流れる天白川や、その支流の扇川・大高川に渡り鳥がいる。少しはきれいになった。そのせいか渡り鳥がたくさんいる。Dsc00159Dsc00154 鷺の仲間はおしゃDsc00152_1れ。黒いストッキングをはいているのがいたり・・・。

 

 一年中見かける鳥もいるが、その代表はあおさぎ。大きくて色も目立つこの鳥は堤防のフェンスなんかに団体でとまっていたりする。Dsc00157_1

ユリカモメはすっかり人に慣れていて群れで、餌を持っている人におねだりしている。 鴨のなかも目だっている。

Dsc00151Dsc00161Dsc00141_1 汚い川でも鳥が休んでいると心和む。ただ、鳥たちは元気でいられるんだろうかと少し心配しながら・・・。Dsc00147

信長は魅力的!!

 夜になってグーンと冷えてきた感じ。今日はまずまずの天気だった。4907猫たちが お隣の梅の木に登ってはメジロを狙っている。仔猫だけでなく 親猫までも。登ったら座りごこちが好いらしく降りようとしない。メジロ無事に逃げろ!!自然界は弱肉強食で04918すから仕様がないが、それでも・・・みな平和に暮らしてよ・・・。

 今日はコメントをたくさんいただいた。みんな感謝です。お一人は過去の記事の誤りを指摘してくださった。別の方は、お薦めの本を紹介してくださった。ブログを書いていて良かったと実感する。これからもどうぞ よろしく お願いしまぁーす。(^o^)/

 今年はどんな事が待っているのか。何がしたいか。考えてみた。愛知県に住んでいるのだから、愛知のことを追っかければ効率がいいことは間違いない。坂本龍馬を追っかけるのはそれなりに楽しいが、活動範囲が広すぎる。東京・京都・山口・長崎そして生まれた高知。名古屋と言うか、中部にも龍馬の史跡なりがあればいいが・・・。龍馬の次に好きな信長をたどるのも悪くないかと思う。熱田神宮の信長が寄進したといわれる油塀など、信長の残した史跡はそれなりにありそうだ!!4895

『新・三河物語』の連載はじまる

 中日新聞で宮城谷昌光著の『新・三河物語』の連載がはじまった。桶狭間の戦いの様子から・・。信長が主人公かなって思ったが、どうもそうでもないらしい。タイトルが『新・三河物語』というんだから、三人(信長・秀吉・家康)がそれぞれに書かれるのだろう。

 松平元康(後の徳川家康)が、丸根砦(現名古屋市緑区大高町)を攻める様子がていねいに描かれた。連載ではすでに、丸根砦も鷲津砦も落ちてしまった。今日は、元康が雨が降る中、信長の船が海から攻めてくるのではと警戒している。おおざっぱにしか知らない桶狭間の戦いの様子が詳細に書かれる。当分、信長が活躍するんだから、信長好きには面白い・・・し、楽しみ。
 
今川義元は、私たちがイメージするような人ではなかったらしいと、お薦めサイトにあるお寺さんぽVer02の前の、 お寺さんぽ跡地の2006年10月9日に書いてある。果たして『新・三河物語』ではどんな風に書かれるのか楽しみ・・・。Marune Photo_8

写真は丸根砦跡の石碑と高札。
 宮城谷昌光を知らないのでネット検索。1945年愛知県蒲郡市生まれ。2000年司馬遼太郎賞をはじめ菊池寛賞等・・・。恋愛小説を書いていたが、歴史小説を書くようになった。ってあった。
宮城谷昌光の本。しばらく読んでみようかな。

癒しねこ 

04853 6205_1 6251_1

寂しい話がふたつも・・・

 私事で申し訳ないが、残念なことがふたつ

 ★お気に入りの美容院に行く。店長は33歳の小柄な美人。昨年9月に体調が悪いからしばらく休むと言わて半年。店は他の人たちでやって見えたのでなんとかなったものの、店長にカットして欲しいので復活されるのを待っていた。ずっと待っていた。

 新年だし、もう大丈夫だろうと思って行ったが店長の赤い車がない。店長はお店を譲られて辞められたと聞いてガッカリ。凄い頑張りやさんで、とってもおしゃれな人だった。店の近所に住んでみえるので、ばったり会える可能性はあるがなんとも残念。他の人にやってもらったが、イマイチ違う・・・。慣れるか、他の店を探すしかないか・・・。美容院を変えるのって大変なことです。

 ★友達からお義母さんが亡くなったとの知らせ。年末から検査入院されていた。この10年、よく介護してきた彼女。年末に病院であった時は、「今日はお義母さん、よく食べてくれるの」と、流動食をスプーンで口に運んでいた。

 彼女にとって、来年(2007)は覚悟の年だなあとは思ったがこんなに早いとは思っていなかった。きっとまた元気になるだろうと思っていた。彼女ももそう思っていたと・・・。年明けてからは、食べてくれないとは聞いたが。ずっと前から高齢のこともあり延命治療はしないと聞いていた。

 でもね、いざというときどうするか難しいですね。胃ろうの話になって、ご主人が手術をする方に傾いたらしいのです。病院のスタッフは介護してきた友達の意見が大事だから後日話し合いましょう・・・と言ってくれたらしい。その日を待たずに亡くなったので、娘さん曰く、おばあちゃん手術が嫌だったから行っちゃったんだよ・・・って。その通りかもしれないと思った。

 愛想のよい、楽しい人でした。言葉使いがきれいでね。介護を始めた頃はブラウスしかなかったって聞きました。
どうぞ、ゆっくり休んでくださいね。Sirobara

古代史といのしし?

 1月8日 ある会合の総会と親睦会に参加する。相変わらず男性が多い。部屋いっぱいです。 「古代史における猪」というテーマで話される。

 猪肉は宮崎空港で土産で売っているし、子供の頃から馴染んできた。椎葉では、神楽のために数人で狩に行き、頭(かしら)を神様にささげる慣わしも残っている。猪や鹿の肉を神前に供える神楽と生き物を供えない神楽の両方がある。この猪の肉が後で料理され、 見物客の前に出されることになる。 大事な食料として大切にされてきた。古代から猪は村人の作った作物を食べてしまうので、見張りもしたらしい。昨今ではハンターが増えて猪一頭にハンター10人とか聞く。

 神様に供えたとしても、害獣以外のなにものでもない。六甲山の猪のニュースなど、迷惑な猪である。猪条例なるものもあるらしい。

 縄文時代の遺跡・遺物から全国的に広く猪の骨は出るそうだ。猪は暖かいところで生息しているはずなのにと思ったら。縄文時代はずっと温暖だったようだ。土偶も、北海道日ノ浜貝塚・青森県弘前市尾上山遺跡など。特に年賀状に書きたくなるような猪形土偶は青森県十腰内で。Inosisi_1

 弥生時代になると銅鐸の文様として書かれている。古墳時代には埴輪の腰の飾りだったり、石製の猪も発見されている。動物埴輪の出土状況が復元されているのは、大阪府昼神車塚古墳・・・たくさんの埴輪が並べて有るそうだ。

 興味深い話はまだ続く。万葉集と猪。万葉集の中には16首が猪と鹿が一緒に詠まれている。山中に住む獣、狩猟の対象・田畑を荒らす害獣として登場しているらしい。

続日本紀・日本後期と猪。和気清麻呂と猪として紹介された。また、和気清麻呂と護王神社としても・・・。
和気清麻呂を祭神として明治19年造営。京都御所蛤御門西。和気清麻呂の随身として狛犬の代わりに拝殿前に雌雄一対の狛猪が立っていると。戦前の十円札に猪が印刷されて俗称イノシシ。  

 風土記の中にも猪は書かれているようだ。神様のうちはいいけれど、猪の農作物被害は年々増えている。これから猪とどう付き合っていくか。最後に野生生物との共生へのメッセージとして・・・。『熊を殺すと雨が降る』失われ行く山の民族 遠藤ケイ著を紹介されて終わった。

OBのみなさんありがとう!

 ***54卒のHPからたくさんの人に来ていただきました。ありがとうございます。みなさんが、とっても羨ましいです。HPがあることが実に羨ましい。団結していてまとまりがあるってことですもんね。交流もあるんですね。

 ***名古屋に住んで30年。名古屋のOB会に一度しか出たことがありません。存在すら知らないOBが沢山居ます。黒岩先生が名古屋に来たってわかんないんです。

 ***今年は探そうかな。みんなで行きたいと思います。黒岩先生いつまでも若いといいんですがね。そうは行かない・・・母と同い年みたいだしね・・・。気持ちはいつまでも花園を駆け回っているんでしょうが・・・。今日の高校ラグビーいい試合でしたね。それでも・・・九州に優勝旗もって来てほしかった

 東福岡(福岡) 5-19 東海大仰星(大阪第二)

 ***54卒のOBのみなさんのHPにおじゃましていろんなことが判りました。校歌の話。在籍当時の音楽の加藤先生が作られた曲だってことは知っていました。応援歌の作詞・・・誰あろう・・・このブログに何度も書いてきた『高鍋藩史話』を書かれた安田尚義さんだったんですね。初めて知りました。みんな思いが熱いですね。

高鍋高等学校応援歌
   安田尚義 作詞
   金堀伸夫 作曲


北に尾鈴の嶺青く
生気溢るる校庭に
炎暑に霜に鍛えたる
若人の力示すべき
よき日を今日は迎えたれ
いざいざ闘わん堂々と
(卒業生名簿より)
Yasuda_1

猫って いいねぇ! 

 一日中雨の予報。猫どもが丸くなる。雨の日は人も猫もねむ~い。気に入っている猫写真。

Photo_5 Photo_6 Assyu Photo_7 Ikiru Bosu

ちょっと・・・寂しい・・・

4759 楽しい思いをさせてくれたお客さんが帰ってしまうとちょっと寂しいかな。とくにちびっこたちが・・・。

 ラグビーの話をたくさんしました。男の子ふたりがラグビーをやっていて、甥っ子はコーチをやってるとか。合宿は菅平だっYuugoて・・・・。ラガーマンが沢山集まるんですよね。学生も社会人もね。九州は由布院合宿が多い。いいとこのようですね由布院。

話の中で、学生のラグビー。Meijiが強くないとつまらんね!に落ち着きました。Meijiのラガーマン応援してますよ。

 この正月は本当に暖かい日が続いてましたが、明日は小寒。いよいよ寒くなりますね。夏色が濃い花壇のホームページ【冬?のマイガーデン】追加しました。良かったら、見てってください。これで夏は最後かな。郊外に霜が降りても、都会は特に温暖化進んでます。先日のように、中部国際空港に雪が積もって、除雪してもそんなに離れていないのに、家のあたりはパラついただけ。暖かいのは嬉しいですが・・・。

 今日はゆっくり休みます・・・。(-_-)zzz

なまった体でテニス・・・

 まだ、正月4日だと言うのにテニスの練習日。にぶった体にムチを入れます?フロントに行くと、コーチが張り切ってお出迎え・・・。

 新年のあいさつの後に・・・
「コーチ・・・えりゃー元気じゃないの。わたしら体がついていけるか心配しとおんのに」

 参加4名。i さんは仕事で休みとか。年末には4日まで休みって言ってなかった? おばさんの追及は厳しい。4人はいい人数なのか。ずっとずっ~とコートの中。

 今月のテーマ「ストローク」 ポイントは★打つ時の打点 ★タイミング ★バランス 気をつけてくださいとのこと。いいこと言ってるから覚えておこうといつも思うんだけど、ブログを書く頃にはすっかり忘れてることが多い。今日は不思議に覚えている。

 ご馳走をそうそう食べたわけでもないのに、体は動かない。運動不足のこの二週間。たった一回抜けただけなのに。なんてこと!元気なコーチは容赦ない。あ~ぁとっても大変。試合も弾丸サーブを打って来る人がいて、打ち返すどころか止めるのさえ四苦八苦。

 今日は成績表を渡される。フムフム・・・。アッ少し褒めてある。まだ上達の余地が僅かでもあったかと嬉しい!

 足がとても疲れたけど、久しぶりにいい気分。やっとリフレッシュ!客人もあと一泊。ご馳走をつくりますか。Mitubati

新年会

新年会Mejiroの真っ最中。宮崎県人会?みたいな親戚の集まり。大人は一人をのぞいて7人が日向人。宮崎の地鶏の炭火焼き、久米島の久米仙が届いている。

 04757最初は子供4人とその両親、つまり甥っ子夫婦が来ると聞いたが、ぞくぞくという感じで、いっぱい集まった。今から当分続きます。宮崎の話。高校の話・・・。

年賀状!

  黒岩先生から年賀状届く。達筆です。何故かわからんが、心がふんわり・・・・してくる。四角い顔が見えてくるからかな。

 ひとこと・・・名古屋に行ったぞ。って・・・今年も書いてある。来るときに教えてほしいもんだわ・・。いつかは・・・愛知万博、行ったぞ。ってね。ラグビー部の取り巻きやら多いから名古屋も楽しみにしてくださっている。今回は ことしは会えることを楽しみにって書いてあったんで嬉しい。楽しみがひとつふえた。

 明大の名古屋での新年会に連れって下さったO森先生も、名将なんです。活躍の時期は高鍋ラグビー部と重なるようです。N工業を率いて親子鷹としてね・・・。直接対決はないんですが。そのO森先生に「お二人とも・・・鬼監督ですね」ってお聞きしたら「いや~ 仏ですよ」と。結果をみれば 間違いなく 仏でしょうね。 いつまでも元気でいてください。

***コメントを残してくださる方でご自分でブログをお持ちの方はそちらのURLを貼って行ってくださいね。どうぞ、よろしくお願い┌(゚ロ゚)┐します!!↓┌(_ _)┐↓ かわいい絵文字はえもじらんどから・・。

今年もよろしくお願いします

2007

初詣日和だったので、散歩がてら氷上姉子(ひかみあねご)神社に行ってきました。途中に大高城下町の看板がある。桶狭間の戦いのあと、廃城になったはず・・・。

 大高城の案内板には、永禄3年、桶狭間の合戦の時、今川義元は大高城へ兵糧の搬入を松平元康(徳川家康)に命じたことで有名だ。

 桶狭間の合戦後、戦略価値の無くなった大高城は廃城となったが、元和2年、尾張藩家老志水忠宗が1万石を領して、館を設け明治まで代々続いた。

とあったんで城下町に近い形で残ったのかな・・・。立派なお宅が多いのも、その名残かな?

466146634668   熱田神宮の元宮。摂社熱田神宮のお社の一つで、昔から「お氷上さん」と親しく呼ばれ、地元緑区大高町はもとより、広く当地方の人々の限りない崇敬と、信仰を集めているお社です。今日も参拝者がずっと、続いていました。晴れ着を着た、可愛い子供らが社をバックに写真を撮ってたりとほほ笑ましい。願い事をひとつだけしました。名古屋高速と名四国道のそばで、神様もうるさいと思っておられるだろうな。

 高鍋ラグビー部、残念ながら大敗してしまいました。お疲れ様でした。楽しい思いをありがとう!!!5-65 東海大仰星(大阪第二)

 ***過去の対戦成績
平成10年度  1回戦 31-38 仙台育英
平成12年度  1回戦 42-10 平工
          2回戦  7-92 大分舞鶴
平成14年度  1回戦 24-12 盛岡工
          2回戦  7-57 啓光学園
平成15年度  1回戦  5-19 国学院久我山
平成16年度  1回戦 14-5 岡谷工
          2回戦 19-31 流経大柏
平成17年度  1回戦 17-12 東農大第二
          2回戦 68-14 新田
          3回戦  5-39 啓光学園

 花園用のジャージーは大活躍!!!次も期待しています。

« 2006年12月 | トップページ | 2007年2月 »

2017年10月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

ブログパーツ,com

鉄道写真館

  • 0604081
    撮り鉄と乗り鉄の写真館へようこそ!

掛川花鳥園

  • 2
    掛川花鳥園 2006年4月4日快晴
無料ブログはココログ