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『新・三河物語』の連載はじまる

 中日新聞で宮城谷昌光著の『新・三河物語』の連載がはじまった。桶狭間の戦いの様子から・・。信長が主人公かなって思ったが、どうもそうでもないらしい。タイトルが『新・三河物語』というんだから、三人(信長・秀吉・家康)がそれぞれに書かれるのだろう。

 松平元康(後の徳川家康)が、丸根砦(現名古屋市緑区大高町)を攻める様子がていねいに描かれた。連載ではすでに、丸根砦も鷲津砦も落ちてしまった。今日は、元康が雨が降る中、信長の船が海から攻めてくるのではと警戒している。おおざっぱにしか知らない桶狭間の戦いの様子が詳細に書かれる。当分、信長が活躍するんだから、信長好きには面白い・・・し、楽しみ。
 
今川義元は、私たちがイメージするような人ではなかったらしいと、お薦めサイトにあるお寺さんぽVer02の前の、 お寺さんぽ跡地の2006年10月9日に書いてある。果たして『新・三河物語』ではどんな風に書かれるのか楽しみ・・・。Marune Photo_8

写真は丸根砦跡の石碑と高札。
 宮城谷昌光を知らないのでネット検索。1945年愛知県蒲郡市生まれ。2000年司馬遼太郎賞をはじめ菊池寛賞等・・・。恋愛小説を書いていたが、歴史小説を書くようになった。ってあった。
宮城谷昌光の本。しばらく読んでみようかな。

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コメント

こんばんわ 今年もよろしくおねがい
します。宮城谷さんの連載が読めるなんてうらやましいです、中国の秦の前後の物語が殆どですが、どれも生き生きと描かれています、孟嘗君がおすすめですよ

ちょうど家の近くなので、想像しながら読んでます。どうやら、家のあたりは、干潮になると、道ができ、満潮になると海になっていた場所かも。おととしだったか、お向かいの空き地が分譲住宅になったときにずいぶん土地をけずるのに、苦労していたみたいです。粘土層があり、水がちょろちょろ出てました。ずっとこのあたりに住んでいる方が木の柵を立てると2~3年で腐ると言ってました。水分がまだ含まれているのでしょうか。まだ小三の頃、担任の先生がこの辺に引っ越した時、井戸があり、水が出ると言ってたのを思い出します。

遅ればせながら、今年も宜しくお願い致します。
宣伝ありがとうございます。
名古屋のあたりは注目スポット満載で羨ましいです。
「丸根・鷲津砦陥落」という言葉を見るだけでなんだかわくわくしてきますね。

ぼんやりっこさん
住んでいるところの話は興味がわきますね。干潮になると道が出来る・・・私もそんなところに住んでいますね。緑区の汐田という地名は?南区の上浜・下浜は江戸時代くらいまでは塩田だったのが由来のようですが、天白川を挟んだこの地名同じ塩田なんでしょうか。南図書館の住所、千竈通りも塩に関係あるようですね名前の通り千もの釜があった名残り・・・?

あきみずさん
こちらこそよろしくお願いします。
宮城谷さんは秦の時代を・・・。
三国志は旧仮名遣いで読んだ記憶があります。そろそろ普通に読みたいな・・。

あおぶひでるさん
勝手に紹介してどうも・・・。
どうぞよろしくお願いします。
先日の佐和山城、JRから見えるので、友達といつも気になるねえと言いながら、洛中に向かったり、名古屋に帰ったりします。安土城考古博物館も気になります。

 緑区に潮見が丘と言う地名があります。信長だったか、秀吉だったか、塩の満ち干きの様子を眺めたことからついた知名だと聞いたことがあります。緑図書館のあたりです。中汐田、上汐田もありますね。上浜、下浜、みんな海に関係するものばかりですね。有松、鳴海も考えると、やっぱり、海だったのかな。ちょっと古くなるけど、南区の桜台の近くの神社に万葉集の碑があります。そこに年魚地潟と出てきます。呼続の神社にも碑があります。結構、古い土地柄ですね。

年魚地潟って(あゆちがた)と読むんでしたね。
高市連黒人(たけちのむらじくろひと)
桜田(さくらだ)へ鶴(たづ)鳴き渡る年魚市潟(あゆちがた)潮干(しおひ)にけらし鶴鳴き渡る
(巻3 271)
〈訳〉 桜田の方へ鶴が鳴いて飛んでいく。年魚市潟は潮が引いたらしい。鶴が鳴いて飛んでいく。
年魚市潟は名古屋市熱田区、南区の当時海岸であった一帯。県名「愛知」の由来となった。
当時の地図か絵地図がきっとあるでしょうから、見てみたいですね。家は海の上かどうか確かめてみたい気もしますね・・・。

「新三河物語」いささか毎朝読むのに疲れてきた。誰それはどこの生まれで、何家のどの派流を汲むもので、何代前の誰がいついつの合戦でどのような働きをして、その子孫がどのように今に至るか・・・という家や人の説明の部分で、俺の読み足は、つと止まってしまうんだな。そこまで詳しくなくていいから、流れるように話をもっと進めておくれよ、という感じで。今朝も「あぁ、またか・・・」で、毎朝少しずつ読む新聞小説は書籍と違って、「この人物、だれだったかなぁ?」と思っても、ページを遡るわけにはいかないし、古新聞の山を探るわけにもいかない。そんなわけで、増え続ける武将たちに、もう誰が誰だかわからなくなりつつある俺だ。はぁ~。

私などとっくに諦めていますよ。信長がもう少し登場していたらもう少しは読めたかも。
桶狭間の戦いの翌年かな、家康が大高に来てお参りした、八幡社がJR大高駅近くにあります。
とてもいい神社ですよ。屋根は銅葺きみたいだし・・・。

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