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持田古墳からも三角縁神獣鏡が

 古代史市民セミナーの2回目。
古墳時代の祭祀と鏡 三角縁神獣鏡の使われ方 と題して、南山大学名誉教授 伊藤秋男氏が熱く語られた。

 三角縁神獣鏡は現在500枚が見つかっているそうだ。そのうち380枚が中国製、残る120枚は国産だろうと。面白いことに、中国では1枚も見つかっていないそうです。

 愛知県犬山市 東之宮古墳の話が面白かった。犬山城の向かいの山の頂上にあって、海が光って見える絶景のところだとか。東之宮調査報告書による、副葬品配置想定図をみると11枚も出土しているとか。棺は4.8メートル×1メートルの大きさで、鏡は遺体の周りに並べたのではなく、頭から離して10枚たてかけるように重なっていたとか。石で作った武器もたくさん見つかったし、腕輪・ネックレスなども。鉄製品は錆びてなくなることもあるでしょうが、石は腐らないから。Dsc08273 

 大きい鏡は23.8cmが1枚・21.4cmが3枚・21.5cmが1枚です。残りの6枚は小さいものだそうです。アルミで作ったレプリカを見せていただきました。文様が面白かった。好きな人が見れば、人がバンザイしているように見えるんですね。いわれてみると・・・なるほど人に見えます。傷ついた、つまり不良品の鏡も多く出回っていると言うのもおかしいでしょ。と先生は言われる。 食事の時に別の人に聞いたんですが、傷は増えていくんですね。それで年代がわかったり、分布した順番がわかったりするんですって。柄の多様さは何を意味するんでしょうかね。制作するのに、蝋型鋳型と金属鋳型があるそうです。語っておられる先生のお顔が少年の眼になっていました。楽しくって仕様がないって・・・。82888287_1 8278_3286 

 途中で示された、三角縁神獣鏡の府県別出土数の棒グラフを見ると、多いのは、奈良・京都・兵庫の畿内です、次は岐阜・愛知・静岡の東海と続き、福岡・群馬もまとまった数発見されています。宮崎ももちろんありました。宮崎はどこで出土したか気になったんですね。三角縁神獣鏡の同范・同型鏡分有関係図(平成12年 京大博 橿考研博)に群馬天神山と結んだ先に宮崎持田48 とあったんです。私が想像する持田古墳は、スケッチに行った高鍋町のあの古墳しかありません。驚きです。雨ざらし日ざらしの石棺だけじゃなく、三角縁神獣鏡も出土していたんですね。記憶にないんです。もちろん西都原古墳でも見た覚えもない。単に興味が薄かったから覚えていないだけなのか。自宅でネット検索です。

 http://www.town-takajo.jp/syoukai/tyosi/003/001.htm に情報がありました。どこの誰のHPかわからないのが残念ですが・・・。http://www.town-takajo.jp/syoukai/tyosi/003/005.htm の一部をコピーさせてもらうと、 全国各地の約八〇の古墳から出土し、宮崎県内では高鍋町の持田古墳から二枚、日南市の山上古墳から一枚、もう一枚は同じく日南市の伊比井神社から発見された。持田古墳から出土した画文帯神獣鏡は、瀬戸内海の耕三寺に所蔵されて重要文化財の指定を受けている。

 というんですね。宮崎でなく、瀬戸内海で重文になっていたんですね。ここも、西都原の石棺と同じで返してはくれないでしょうね。持田古墳の宝物が二つもあったのに保存できなかったのは悔しいような、残念なことですね。

 宮崎の彫刻家 田中等氏のファブリックアート作品「陽(ひ)だまり ~ねえ、おはなししましょ~」の記事が西日本新聞に掲載されたようです。
ベンチの女性は彫刻!? 宮崎市 橘公園にパブリックアート。

今日の花。Dsc08243Dsc08162宿根カスミソウ と  Dsc08239柏葉あじさい と 庭のお客さん Dsc08007

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