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戦国時代の高城の合戦 1

 まだ子供の頃、毎年桜祭りが、城山(じょんやま)で開かれていた。長い石段を登りながら、母だったか、祖母だったかがいつも話してくれた。戦国時代にこの城は中々落ちなかったそうだ。中でかぼちゃとか作っていたんで兵糧攻めにしても負けなかったと。覚えているのはそんな事くらいだがもっと話を聞いていたのかもしれない。

 城山には二通りの行き方があった。バスに乗って高城のバス停で降りて、城に向かって引き返して南側の階段を登る時と、歩いていって西側から城に向かっていく方法と。階段はくねくねと曲がっていた、途中に芋飴やべっ甲飴を売っていた。

 Takajyouezu12 高城の絵図(日南市教育委員会所蔵・以前に広報きじょうで紹介されたもの)を見るとその二通りの道がよく分かる。曲輪(くるわ)も何段にも作られている。西側以外は、崖になっていてなるほど要塞だ。

 1577年当時、大友氏・竜造寺氏・島津氏の戦国大名が領国を拡大し、互いに直接対決によって支配権を争うことになった。大友軍は南下し、日向に入ってきた。そして1578年11月に日向高城周辺(宮崎県木城町)で両軍が激突した。Takajyouezu2

 高城は西側以外の三方に崖が続いている天然の要害の地でありました。東側に南北に走る薩摩往還が通っています。写真はクリックすると大きくなります。

 高城に籠城していたのは守将の島津家久と城主の山田新助有信の500騎でした。大友宗麟は務志賀(のべおか)に本営を置き、田原紹忍を総指揮官に4万の大友軍が耳川を渡って、高城の北側に布陣したのです。このとき大友軍は、途中の神社仏閣を焼き払ったんですね。大友宗麟はキリシタンですから。神社仏閣を焼き払うことに抵抗はなかったんでしょうか。これはどうやら失敗だったようです。住民らの怒りをかったんです。それに、兵士は仏罰を恐れたとも言われているようです。

 11月12日未明、大友軍は小丸川を渡河しますが、島津軍の攻勢に押され、籠城していた家久・山田らの奇襲も成功し、島津軍の歴史的勝利になったのです。

 参考資料 『戦国武将島津義弘』 姶良町歴史民族資料館 開館20周年記念特別展図録 姶良町歴史民族資料館発行

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コメント

あまりコメントは得意でないんですが…。
色々リンクありがとうございます。
まさかまんがの方も知っておられたのは驚きました(笑)

それはさておき。
やっぱり実際に住まれていた方のお話はリアルですねー。
楽しみにしています。

コメント有難うございます。
ひでるさんの様に面白くわかりやすく書けるといいのですが文を書くことは難しいですね。間違ったことだけは書かないように気をつけています。
ちえぞー!城いこまい を読んで思い出したんですが、土塁とか残っていたなぁと。
http://www.geocities.jp/ikomai4koku9syu/miyazaki/taka.html
話題の多い宮崎 一度行ってみてください。美味しいものが多いですよ。

私もあのクネクネした石段を登りました
途中の飴も買いましたね
じょんやまの桜祭りは賑やかでしたね
舞台があっていろんな催し物があって
とても懐かしいです
高校の時の誰だっけ迫田先生?かな
最初に大砲が使われた所だとか
熱心に語られていたのを思い出します。

あのくねくねした階段を登るのが嫌で駄々をこねてはおばあさんに叱られた記憶が・・・。
剣道の試合をしていませんでしたか。それに着物を着た人たちが踊りもやってましたね。今から思えば地方まわりの役者さんだったんでしょうか。

秀吉は最新兵器を持ってくるんですよね。それを見て島津は考えるんです。時代遅れの武器では役にたたないと・・・。

 迫田先生とは髙鍋高校歴史担当のお名前でしょうか?
 趣味で下手な物語を書いています。数年前から考えていた『山田新助を主人公にした物語』を一月前から書き始めました。資料を探しながらの執筆ですからまだA4版で20枚ほどしか進んでいません。新助の『奥方の名前と高城時代の主な家臣の名前』を探していますが見当たりません。高城は前にも何度か訪れていますが、物語を書くに当たって二度訪れました。あの地形では、攻め手は苦労するはずですね。高城攻めに手間取り無駄な時を過ごした大友勢に対して、難攻不落の高城攻めを中断して島津主力を攻めた羽柴秀長の戦略、さすがは戦の駆け引きに長じた武将ですね。持ち前の武勇と人間味溢れる新助を書きたいと思っています。

迫田先生は鍋校の先生です。残念ながら私はあまり覚えていません。(>_<)
山田有信ではなくて山田新助ですか?
申し訳ないですがわかりません。
桐野作人先生の『島津義久』(PHP文庫)とかに詳しくあるといいのですが ごめんなさい!!

機会があったら拝読させてくださいね。

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