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母からの電話

 母親から久しぶりに電話があった。5日がよだきぼの誕生日だったからです。母の電話は近況報告から始まります。

「○○さんとこのAちゃんにおとこんこがうまれたよ。おおきなこじゃったわ」母

「そうね そりゃいかったね」 私

「どこどこのなにさんが、しにゃったよ」母

「あのおじさんは年はいくつじゃったつね」私

こんなことから始まります。亡くなったというのはちょっと寂しいですね。母にとっては一大事なことなのでしょう。ふるさとを長く離れていると、時々話が見えないときもあります。

 先日は、足の不自由な人のための靴屋さんの話でした。NHKのテレビで放送された、神戸市の靴のマイスター、中井松幸さん テレビを見てすぐに予約の電話したようです。一足30万円もするんですが、取り掛かってもらえるのが一年先になるそうです。

 誰の靴かというと、弟の靴です。弟は歩き始めた一歳すぎに突然小児マヒで歩けなくなったのです。それからの母は、弟のためにいろんなことをしました。宮崎県立病院で手術を繰り返し受けさせました。整肢学園で装具をつけて歩く練習をさせました。弟だけは家に帰ってこなかったので入院してのリハビリだったのでしょうか。

 そんなにして治療できることは何でもしてきたのです。左足は細くって完全ではありませんが、普通の車の免許も取れたし、自分の足で歩いているし、会社員で仕事もしていますから、弟も不満はないと思います。いまさらどうするのって思いました。悪いなりに筋肉や骨など固まっているだろうから・・・・。真っ直ぐに立てたとしても大変な苦労が待っているんじゃないかと心配です。

 母は違っていました。足に合ったその靴を履いて 弟が走るのが見たいんだ そうです。

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コメント

お母さんお元気そうですね 幾つになっても母親の存在があるっていいですよね。
神戸の靴屋さん何かしながら見ていたので詳しくはわかりませんでした。そういう方だったのですね。お母さんは素晴しいです!強くなれない自分が悲しい...
いつかお母さんにお会いしたいなぁ。

母は76歳になったのかな・・・。あっちもこっちも痛いようですが声はというか口はというか元気でした。

今回のことでまた、元気になるでしょうね。息子に靴を作るんだという目標をつくりましたからね。

正直なところ、母の言葉はショックでした。息子の病気は自分のせいだとずっと思って生きてきたのかなと。

母の人生の苦行は結婚してからずっと続いてきましたね。見合い相手(私の父です)が嫌で、逃げたのに周りに説得されていやいや結婚・・・。今なら最初からこんなことにはならないでしょうが、当時は無理を聞かなきゃいけないことが多かったんでしょうね。

今度母に会ってください。すごく喜ぶと思いますよ。

読ませて頂きました。お母さんご苦労なさったのですね。ですが「母は強し!」ですね。

カワセミもお見合いを。結婚するまでに1度か2度会っただけ。7人姉妹早く出ないと後がツカエルって来てしまった・・・

40数年、逃げ出したいと思ったことも。
今では、あちらのほうが逃げ出したいと思っているのでは。

お誕生日、おめでとうございます。
 なぜか、私の周りには、9月生まれが多いんですよ。10日が姪、12日が妹、21日が義妹です。よだぎぼさんは乙女座ですね。ロマンティックでいいなあ~。

 お母様、ご苦労されたんですね。生まれた子がどこか障害があると、自分のせいに思うらしいですね、母親というのは・・・。弟さんほどではありませんが、私は受け口だったので、しかも、あごの中が小さいそうで、永久歯が生える場所が無く、矯正で歯茎を広げ、それでもたりなくて、実は、ほかの方より4本歯が無いのです。母はかなり、気にしていたようで、当時、矯正は保険が利かなかったので、多分、家計は火の車だったでしょう。妹も生後6ヶ月で中耳炎になり、その後、頻繁に繰り返したので、大変だったと思います。

 よだぎぼさんも寂しい思いをされたのでは?私は幼い頃、妹が病院へ連れて行かれるたびに、多分、祖父母に預けられていたので(同居だったので、場所は変わりませんが)、母の手は妹に繋がれるものといつのまにか、思い込んでいた気がします。正直、寂しかったです。

 でも、お母様に目標ができて、よかったですね。足に優しいすてきな靴ができてくるといいですね。

全く母は強しですね。どんな環境になっても母は強くなって順応するんです。生きていくために・・・。なんて・・・ね。

7人姉妹・・
いいなぁ・・男兄弟に挟まれているのでお姉ちゃんが欲しかったかも。 

寂しかったかもしれないけど・・・おじいさんもおばあさんも優しかったし・・・父親は一見いい男だったし・・それなりの環境の中にはあったと思いますよ。

不憫な子供らに、気を使って寂しかったのはおばあちゃんだったのではなかったかな。おばあちゃんは、母ちゃん・母ちゃんと言って母を大事にしていたからね。頼りにしている嫁がいなくて、きっと寂しかったでしょう。・・・。

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