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戦国時代の高城の合戦 5

 1587年、島津義弘と豊臣軍の白根坂での死闘は夜明けを迎えます。重なる屍の前に豊臣軍の柵は突破できず島津軍は撤退します。このときになって島津義久は秀吉に降伏するしかないと悟ったようです。豊臣軍に負けたというか最新兵器の威力に恐れ入ったのかもしれませんね。

 高城では山田新助有信がまだ頑として籠城していました。主の義久の命によってはじめて彼も降伏し開城します。城が攻め落とされたのではないのです。《落ちなかった城伝説の起源はここにがあるんでしょうね》山田有信はその時人質として嫡男の有栄(昌巌)を出しました。

 義弘は降伏するのを潔しとせずに抵抗を続けていましたが、5月19日に野尻城で、秀吉の弟秀長の説得を入れて降伏するのです。その後、秀吉にも薩摩の鶴田で会見しました。義久は川内泰平寺で秀吉に謁見します。義久・義弘は秀吉に許され義久には薩摩国・義弘には大隈国・義弘の子久保に日向国諸県郡が安堵されました。

 秀吉は度胸が据わっているというか、度量が広いんでしょうか、後に利用するのが目的だとしても、計算が出来る人なんですね。たいした人だと思います。島津氏は許されたことによって、豊臣大名としての苦難の道がまっているのです。

 この九州征伐には一体どれくらいのお金がつぎ込まれたんでしょうね。現在の人口が6000人くらいの木城で秀吉軍は食料調達をどうしたんでしようか?地元民は先の高城合戦のときに大友軍に神社仏閣を焼き払われて怒っていたんですから協力したとは思えないし・・・。

 秀吉は行動範囲が広いし、行動力がありますね。九州征伐の時には佐賀の秋月から熊本・八代・水俣・から薩摩入りしています。文禄二年(1593年)には島津氏の領国の検地をします。

 落ちなかった城の城主山田新助有信は1609年死去。子の有栄は、後に関が原では義弘の軍に加わり、窮地を脱して生き延びた少ない関が原生き残り組みで、後に出水の地頭に補され、出水郷の象徴的な武将として記憶に残っていきます。

 高城は高鍋藩の秋月氏の領地となり、元和元年(1615年)の一国一城令で廃城になりました。

 町役場から北に進むと城山公園にぶつかります。そのまま階段を登って行くのもいいです。城山公園にぶつかった所は、T字路になっているので川原(かわばる)に向かって西に曲がり湯屋坂(いやんさか)を登って,Uターンするように進んで右手の道を行くと城跡までいけます。子供の頃は狭い道だったと思いますが、道路が整備されてからはこちらがお薦め・・・。湯屋坂から城内(本丸)を貫く現在の通路に、四カ所の空堀で切断された所が残り、左右に腰曲輪も残っています。他にも人工的に切断した空堀跡が確認されています。

参考HP 佐土原城遠侍間高城の合戦  
参考資料 『戦国武将島津義弘』 姶良町歴史民族資料館 

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コメント

お疲れ様でした。
非常に詳細で読み応えありました。

秀吉・家康に絶賛されたという、「島津義久」は好きな大将です。
勇猛果敢な薩摩人なのに、あの方だけ柔軟で…なんというか、得体が知れないというか…不思議な魅力の方ですよね。

秀吉が軍を動かした時はかなりのお金がかかっていたそうです。
彼もともと派手好きですし。
小田原攻めなどもそうですが、一種のパフォーマンスですよね。
形ないものを手に入れるため、お金を惜しまないところがスゴイと思うのです。

ありがとうございます。
あおぶひでるさんにコメントをいただき感謝です。戦国時代の地図によだきぼと日向人さんの生まれて育ったところの地名が二つともあるんですよ。地名が変わらないってこれも嬉しいです。
大阪城に家康が入った時すごーいお金があったそうですが、お金儲けも上手かったんですね。秀吉も調べていくと面白そうですね。

 はじめまして。こんばんは。興味深く読ませていただきました。実は広報きじょうに連載させていただいている者です。まさか、県外在住の方がこのような活用をしてくれる
と思っていなかったので喜んでいます。
 高城合戦は、九州の戦国時代のターニングポイントであり、秀吉の天下統一に大いに影響のある戦いであります。とても読みやすい
文章で参考になりました。今後ともよろしくお願いします。
 
 

はじめまして!
訪問ありがとうございます。

ちょっと前に歴史に目覚めました。在郷時に歴史好きだったらと思っています。秋月も高城もとても面白いです。次回の広報きじょう楽しみにしています。

私のこのブログを見て下さる人はダントツ東京にお住まいの方です。次は愛知県。
秀吉は愛知県と関連があります。妙なところで接点があり楽しんでいます。

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