« 島津義弘陣跡 | トップページ | 古代遊学会 古代史セミナー »

福島正則陣跡は・・・

 西首塚にはいったいどれほどの遺体が埋められているのでしょう。ここにも大きな木があります。そこから西に少し歩いて南下します。

Hukusima  狭い路地を、入ってもいいのかと思えるほどの路地を入っていきます。周りにお茶畑が迫ってきます。町工場の横に、福島正則の陣跡がありました。タケノコが伸びていたり、ミツバが美味しそうだったりします。大きな木がここにも有りました。西軍は鳥が羽を広げたとてもいい形で陣を張ったと昨日聞きました。よく見ると、なるほどと納得です。小早川が・・・でなければ西軍は勝ったんでしょうか???Suginokihukusimajinn

月の宮・福島正則陣跡

東軍の先鋒として、松尾の春日神社(月見の宮ともいう)付近に陣をかまえ宇治喜多秀家を破る。美濃山中の方角に出る月は、鏡を載せたように見えるので、このあたりは月見の名所となっている。

東軍の先鋒であった福島隊は、6000兵を東軍の左翼に布陣し、宇喜多隊と退陣。歴戦の猛将・正則は陣頭に立って、宇喜多隊に攻撃を加え、関ヶ原合戦でも熾烈な戦いを繰り広げました。

 藤堂高虎・京極高知陣跡を探して、新幹線にぶつかるまで南下しました。ちょっと行きすぎたようです。新幹線沿いに東に歩きます。途中で、北上すると、うっそうとした森が続きます。最近変な事件が多いけどここも危ないと思える場所でした。

中学校があるのでこの近くかもと探したけれど陣跡は見つかりません。そろそろ疲れてきたので今日はおしまい。駅まで戻ります。

 今地図を見ていますが、笹尾山から下りてきて、国道を西に行けば、関ヶ原ウォーランドに行くんだったのかと。ウォーランドは行ったことがありませんが、横にある、レスト関ヶ原。ここは何度も行きましたが、おいしいのです。バスツアーでこのあたりに来るとレスト関ヶ原はコースに入っていることが多いです。先日のテレビ放送でもレスト関ヶ原で、近江牛を食べていましたね。松茸づくしも食べたことあったな。

 今回の関ヶ原散歩は、中央部だけしか回っていないので、宿題がいっぱいっていう感じです。松尾山の小早川秀秋陣跡はちょっと遠いけど、上ると全体が見渡せて臨場感がまた違うだろうなぁ。黒田長政。竹中重門陣跡は松尾山とはずっと離れているので、まだ2回行かないと無理だろう。

 彫刻でいえば、関ヶ原マーブルクラフトにも、Tikamoti氏の作品はじめ、いろいろあるようだから行きたいな。昨日長浜で会った関ヶ原から来たという人も薦めてくださったし・・・。

 五月晴れの中楽しい関ヶ原でした。関ヶ原町観光協会にモデルコースがあります。ここです。 関ヶ原ブログ が関ヶ原を実際に歩いて紹介されていますよ。

« 島津義弘陣跡 | トップページ | 古代遊学会 古代史セミナー »

歴史散歩」カテゴリの記事

コメント

お疲れ様でした。好きでないとこのような旅は出来ないですね。
同じ趣味を持つ人の集団ですから楽しいことでしょう。
新しい人との交流もまた楽しいものですね。若い時とはどこか違って気負いも無く話せるのが良いかな!

ごめんなさい。
今日はお願いです。

実はわたしの友達(友達といっても彼女はまだ29歳で娘のようなものですが^^)
その彼女の子供である5歳の女の子は
30万人に1人という難病をかかえています。
それでなんとかよりよい治療を受けさせてあげたいとの想いで
寄付金活動を開始することになり
わたしのブログのトップページ(”バツイチ女のひとり言”ってブログタイトルの横)に
ゆっくりでいいよ・・・「30万人に1人という難病を抱えた女の子です。どうかあなたの善意でひかるちゃんを救ってください。」と題して
寄付金をお願いするクリックボタンを設定しました。

そこからひかるちゃんのHPへ飛んでいただき
病気の説明やひかるちゃんのママが書いた想いを読んでくださって
賛同いただければ、ご負担かけない程度に
寄付金のご協力をお願いできれば幸いです。

ちなみに

ひかるちゃんHP
http://yukkuri.saga-n.net/

歴史のこの時代が好きでお金を使わないで旅をするなんて人は少ないですね。私らの世代は孫の守を楽しんだり、まだ仕事をしていたりですから・・・。

若い時とはどこか違って気負いも無く話せるのが良いかな!

これこれ・・声をかけてくれる人も、私が若くないおばちゃんだから声をかけやすいということは残念ながらあるでしょうね。(笑)
若い人も好きなんだけどな・・・。

モモさん お久しぶりですね。
とってもお忙しそうで、ブログの更新もままならなようですね。
面白いブログなのにと思っています。

ひかるちゃんのHP拝見しました。
二度も手術を・・・
小さい体で頑張っているんですね。
気持ばかりですが協力させていただきます。

関ヶ原の陣屋跡を巡るのは大変でしょう
範囲が広いので歩くだけで廻れるのですか
私は関西ですので西軍に肩入れしたいのですが石田三成の統率力に? 社長のタイプではなく実務をこなす人なのでしょう
島津氏もうまく任せておけばよかったのにここに千成瓢箪が出現する位の戦略がほしいですね。

一日ですか?ちょっと無理かも。ザ・ウォークマップには3コースがあります。(駅前の観光案内所でもらえます)
決選コースが約2.5km 1時間半。 
天下取りコースが 約4.5km 約3時間。 
行軍コース 13km 約6時間とあります。
レンタサイクルがあれば大丈夫でしょうけど。
歩いた感じですが、決戦コースは歴史資料館を見学するのが前提になっているみたいです。歩くだけならそんなにかかりません。当時を忍びながら歩くと思いがけないほど時間がかかるかも・・・。

日が長いうちに、地図が読めて、健脚なら回れるかも。

 こんばんは。福島正則は豊臣秀吉の子飼いの武将で
有能な働きをして手柄を多く立てた武将ですね。しか
し、石田三成とは反りが合わず、関ヶ原の戦いでは、迷わず、家康の東軍側に仕えたのですね。
 立派な天守閣ももちろん素晴らしいですが、こういった戦国時代の陣跡を巡るのも、当時の戦いの緊迫感
を学ぶことが出来て素晴らしいですね。
 木城町にある温泉「湯らら」の裏山は高城合戦に関係する松山之陣跡と呼ばれています。豊臣秀吉の弟、秀長がここから、高城を攻撃したようです。
 土塁は現在でも3m以上あるし、曲輪もきれいに残っています。陣と言うより立派な山城ですね。

こんばんは
福島正則は家康の東軍に参加しました。
はい。そのようですね。
と言う私は関ヶ原合戦 入門者でよく分かりません。(苦笑)長浜城歴史博物館の講座は、来年の大河に向けて勉強するいい機会になると喜んでいます。

その第一回講座は、京都にある国際日本文化研究センターの笠谷氏の講座でした。
その中で、福島正則・黒田長政は家康自身ではなく、豊臣秀頼の名代としての家康軍についたということのようでした。
黒田長政は大坂の陣では、家康に反旗を翻したとも聞きました。福島正則も黒田長政も人間関係で悩んだのですね。

関ヶ原はさほど広くはないので、両軍の陣地のほとんどは見渡せるので、距離など把握でき、臨場感があります。決戦地と笹尾山は目と鼻の先です。東軍の誰もが、石田三成の首を狙って、笹尾山に向かったというのですから、この狭い土地は人であふれ、血のにおいが凄かったんでしょうね。

松山之陣跡ですか?湯ららの裏は、南側ってことでしょうか?その方向から見たことがないかも。
もしかしたら、城山の南側に田神に向って細い農道が伸びてましたが、そのあたりでしょうか?
土塁に曲輪も残っているのですか。それは貴重なものですね。豊臣秀長まで分かっているのは貴重な資料があるのですか?木城の歴史いよいよもって面白いですね。
いろいろ情報ありがとうございます。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/183946/41258803

この記事へのトラックバック一覧です: 福島正則陣跡は・・・:

« 島津義弘陣跡 | トップページ | 古代遊学会 古代史セミナー »

2017年6月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  

ブログパーツ,com

鉄道写真館

  • 0604081
    撮り鉄と乗り鉄の写真館へようこそ!
無料ブログはココログ

掛川花鳥園

  • 2
    掛川花鳥園 2006年4月4日快晴