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笹尾山 石田三成陣跡

 話を古戦場巡りに戻しましょう。東首塚を後にして、彫刻も見た私たちはそのまま北上して徳川家康最後の陣跡に行きました。家康が首実検をしたところです。次々に生首が運ばれて来たんでしょうね。

 すぐ脇に関ヶ原歴史民俗資料館があります。合戦の図や屏風、兜、鉄砲など展示してありますが、興味を引かれたのは、牛一頭の皮。なめしてあり白い皮でしたが。皮で作った弾を入れたカバンなどは、皮に漆を塗り重ねて防水加工されているようです。とってもおしゃれなショルダーバックですよ。入館料310円

 Img_2779 歴史民俗資料館を後にして、北上します。途中に関ヶ原らしい交番がありました。犯罪は起きないだろうという様な交番はおしゃれな外装でした。交番から北西に笹尾山をめざします。山に囲まれたのどかな田んぼが広がります。関ヶ原は自然がいっぱいで新緑の美しいこと。畔道にはハルジョオンやアザミが咲き、鳥のさえずりや鳴き声が聞こえます。雉の甲高い声も聞こえます。山から湧き出している水はとっても冷たかったです。景色を楽しみながらゆっくり歩いていくと、小学校の前に決戦地の石碑が建っています。

 決戦地 石田三成陣跡から目と鼻の先に決戦地の地はあります。三成の首を取るべく絶え間なく攻める東軍と、必死に応戦する西軍とが最後まで戦った合戦最大の激戦地でした。 (関ヶ原ガイドブックより) Kessennti

 小学校の横を通っていくと、笹尾山 石田三成陣地跡がありますが、最初に目に入るのが4メートル以上ありそうな 赤御影石の石彫です。まずは石彫見学。何故この地に建てたのかな。陣地跡の正面ですよ。Img_27871

無限時空 緒方良信 
コンセプト 角は力強さの象徴であり、割り開かれた隙間は未来に向って開かれた空間である。そこから新しい何かが生まれでる予感を表わす滴を持つ兜。 と銘板にあり納得する。

 さほど高い山ではないが、麓で休憩。カラスアゲハがアザミにとまって被写体にばっちり。アザミも名古屋より色が濃くてきれいだ。Img_2795

 さぁ~登るぞ~。急な坂道をゆっくり、シャッターを切りながら上っても10分もかからない。頂上から関ヶ原の町を臨みます。大きな会社は関ヶ原製作所。その向こうに見える山は、松尾山 小早川秀秋陣地跡でしょうか。

笹尾山の頂上に、皇太子殿下明治四十三年四月十五日御野立所 の石碑を見つけました。大正天皇が皇太子の時にこの地に・・・。明治天皇関係の石碑はたくさん見ましたが、大正天皇は初めてでした。ちょっと感激です。Koutasi Img_2792

 笹尾山 石田三成陣跡 西軍の大将石田三成が6000の兵を配し、陣を構えたのが笹尾山です。合戦時、竹矢来の前に島左近、中間に蒲生郷舎を配置し、三成は山頂で指揮を取っていました。 (関ヶ原ガイドより)

 目に前に広がる景色は山で囲まれている 狭い盆地です。何故、天下分け目の合戦がここだったのかわかるような気がしてきました。Dsc04878 Mitunarijinato

 次は島津義弘陣跡に行きます。

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