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洋風建築の銭湯(刈谷市)

先日ギャルリ・ディマージュに行った時に教えてもらった、古いお風呂屋さん。現在営業はしていないがいいよ・・・すぐそこだし・・というので写真を撮りにぶらぶら。なるほど素敵な外見。中もみたいが営業していないので諦める。名鉄刈谷市駅からすぐのところ。

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刈谷市の上天温泉と電柱に架かる看板が残っていて、最近まで使われていたのがわかる。とても素敵な建物。調べる価値あり。ネット検索 「刈谷市 上天温泉」・・・出てきた・・そうか。わかった。

上天温泉を設計したのは、大中肇なのか。郷土資料館を始め、刈谷市内で多くの建物を設計している。とあった。

刈谷市の郷土資料館は、亀城小学校旧本館の建物が利用されていますが、この小学校を建てた人と同じ人が設計。ふ~ん。旧亀城小学校は過去に二回行ったが、中にある資料の天誅組の写真に感動したのを思い出す。その時の様子はこちらから。

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花見

花見
読書会のKさんが5月の古典の講座のパンフレットを取りに来てくれた。この講座は後日紹介する。いつもは忙しい彼女だが、第5週はカルチャーセンターも休み。急きょ花見に行くことに。大江川があんきょになる上流に行くが満開には時間がかかりそう。写真はそこで見たえんどう豆の花。

PS 花写真が一枚だけじゃ寂しいので追加しておこうかな。上から ヒメオドリコソウ・スギナ・アカメ・よその家に垂れて咲いていて見事だった。オステオスペルマム。

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寒くても散歩

春は来ているんだからそこいらを散歩する。au携帯の WALKを設定して歩きはじめる。家を出て、天白川を渡り、大高へ。大高城祉の山桜は咲いたかな・・・と思ったがまだ3分咲きくらいかな。次は春光寺から、大高小学校へ回る。春光寺から先は初めて歩く。山の上まで開けて住宅が並んでいる。Img_6295 Img_6305

森の里団地を抜けて、JRの高架の下を回って帰る。JRの下はアスファルト舗装されてきれいになった。以前は野良ネコが棲んでいたけどどこに行ったのかな。Img_6318 Img_6308 Img_6315

アオキスーパーの横を大高川沿いに天白川に出る。

この季節冬鳥はどこかへ飛んで行ったのか見かけない。ツバメが来るころだけどまだ見えないし・・・。

ツグミ・ヒヨドリ・ムクドリ・セグロセキレイ・コサギ・スズメ・鳩・カラス・ウを見かける。つがいの鳥を見たが名前がわからない。Img_6328 Img_62991

コサギは風に吹かれて羽根が乱れている。Img_6341 Img_6333

花は、ホトケノザ・タンポポ・タチイヌフグリ・オドリコソウ・ホトケノザ・タネツケバナ・クサイチゴ・セイヨウカラシナ・キュウリグサ・オオイヌノフグリ・シロツメクサ・ツクシなどそこそこ見かけた。

家に帰って携帯電話のデータを見ると、時間2時間5分、距離8.2キロ 消費カロリー356calと。365calってどんだけ・・・

春なのに・・・ 冬のコート

朝から冷え込んだ。午前6時半に居間の気温は9度。寒くてストーブを付ける。猫はこたつの中。本当は電気カーペットに炬燵布団が乗っているだけ。

用事があって大江川緑地を通ったら、子供らが元気に遊んでいる。緑地の中を流れている小川の中にオタマジャクシがいるので取っているらしい。一人は靴が濡れているがすぐ乾くから大丈夫って。いあや この寒空 風邪を引きそうだからやめた方がいいよって言っても聞く耳持たず。Dsc08700

桜の開花は早かったが、今だ3分咲きくらいかな。しだれ桜の3本は満開に近いけど、他のしだれはつぼみのまんま。春が来そうで季節が止まった感じがする。こんな年もおおくはないだろう。まぁじき4月だよ。Dsc08702

ホントに一日中寒かった。まだまだ厚手のコートをしまえないでいる。庭には確実に春が来ているのに・・・。 Dsc08705

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震える桜花

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奥田明人個展

どうもこうも・・・地元で受けるトヨタショック・・・

お膝元の刈谷市厳しい日が続きます。もちろん、名古屋も同じ・・・ワークシェアリングは当たり前。4月からは自宅待機の人もいます。金・土・日と休みなのはうちだけじゃありません。

画廊も同じ。明るく、元気をもらえる絵が並んでいる、奥田明人個展 行ってきましたが、お客さんがとんといない。いるのは関係者だけ・・・。

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会期は4月3日(土)まで 刈谷市駅から3分のギャルリ・ディマージュで・・・

工場見学と介護の講座と町内会

気温は低いがいい天気。一時雨になるところもあるという予報にとりあえずは安心。.

今日は女性会の工場見学と介護の講座に参加。夜は町内の会合。

朝一 弁当を作った後に資源ごみを出しに行く。プラ資源・紙資源・缶(アルミとスチールに分ける)ペットボトル・瓶とに分けて・・・。ごみだけはすぐに溜まってしまう。プラごみが多いんだから、食品トレーとか簡素化したらいいのではと思う。

10時10分に集合場所に集まって、いざ出発。見学する工場はすぐ近くにある。もうすぐ到着という時に一人足りないことが判明する。(笑)

Uターンして再度お迎えに・・・。集合場所を勘違いしたようだ。

三井化学を2時間くらい見学。詳細は明日に。

午後は女性会の会計監査と先生をお招きして介護の話。監査するのにハンコを忘れたのが二人。うち一人は自分。m(__)m もう一人が車だったので取りに帰る。申し訳ない!

監査も無事すんで今日の第二幕の始まり。女性会の中で現在介護して見える人は一人だけ。それも仕事もバンバンこなしている会長。大変だろうな。

自分はまだ経験なし。実の母親の面倒は見るつもりだけどどうなるか分からない。母は遠く離れた宮崎。順番で行けば母が・・・だけど。こればっかりはわからない。認知症は病気。だれがかかってもおかしくない病気。自分が先かも・・・。

講師は生協病院の婦長さん。終わりがけに理事さんが、刻々変わる病院の受診の制度を説明してくださる。普通は改正するんだろうが、メタボはどうのこうのと言いながら、病院など受診するのは、自己負担が増える傾向にあるとか。

不景気に、加えて、医療制度までも・・・生き難い世の中になってきた。

夜の町内の会合は決算報告。新旧役員の交代など。厄介な問題が一つあるが、先送りになった。 写真は彦根城天守閣。Dsc08520

ギボウシ フリージャー カラマツ

朝は雨が降っていたがすぐに晴れてきた。

新芽が美しい、ギボウシ と 薔薇。

Gibousibara

サクラソウは二色が満開。

Sakurasou

フリージャーは香りの強い黄花 と カラマツ。一人生えしたのか いただいた植木鉢についてきたのか 可憐な花がついている。Hurijyakaramatu

山に帰らないのかヒヨドリに追われているメジロ。Img_6240

佐和山散策 楽しいエピソード

彦根駅から、講演会のある鳥居本地区公民館に行くのに、近江鉄道にするか、タクシーにするかで迷った。鉄道好きな鉄子は近江鉄道に乗ったことがないので、乗ってみたい気はあるが列車の本数が少なぁ~い。なんでだ・・・お客さんがいないから・・・。こんなんじゃ余計にお客さんはいないだろう。ぶつぶつ言いながら、友達と二人タクシーに乗った。

講演会の案内には10分と書いてあったが道路が工事中で10分は無理とか。運転手さん公民館に行ったことがないからと、場所を聞いている。えー 知らんの・・・。だいたいはわかるらしいが、時間がないと私たちが言うもんだから聞いてくれたらしい。

途中に面白い建物が完成せずに建っている。ここは佐和山城ではないよと。個人で博物館を作ろうとされていたが資金不足で完成を見なかったらしい。

個人で・・・もう少しで完成しそうなのに公は援助しなかったのかな。建物は信長好みのようで、たくさんの仏像が並んでいるが、中に入って見れないとか。もったいなぁい。

公民館の近くで案内していた和服のおばちゃん、とても似合っていて感じのよい人だった。長浜城の友の会には年配の女性も積極的に参加されているのでそんなおひとりだと思っていたら、違うようだ。

太田さんの本をはじめとする 淡海(おうみ)文庫の出版社の社長さんのようだ。社長さん自らボランティアさん?100人もの人を安全に見守るボランティアさん感じのいい人が多かったがもしかしたら社員さんだったのかな・・・。

太田さんの顔を載せたいけど承諾を得ていないので頼りになる後ろ姿を・・・ドラえもんののび太のような、三谷KOUKIのような、そうでないような雰囲気のあるお人です。Photo

佐和山城下町は自然がいっぱい残る田園地帯。つくしやセリなど美味しそうなものがある。でも、地元の人は珍しくもないのか、食べないようで見向きもしない。

公民館に行く時にタクシーだったので、帰りはどうしようかと二人で悩んでいた。参加している人と話をしていたら長浜から来た人だった。どこから来たの?何で来たの?帰りどうするの?と・・・・。そしたら、送ってあげるよ!先々回は関ヶ原のお人に駅まで送ってもらい、今回は米原駅まで送ってくださりありがたかった。

滋賀県の人は気さくな親しみやすい人が多いのかな。近江八幡でも長浜でもいい思い出が多い。23 Photo_2

佐和山城下町を歩く

講演のあった彦根市鳥居本地区公民館から、東山道(近世中山道)鳥居本宿を渡り、外堀に向かいます。Dsc08577Img_6176

太田さんのファンだという女性たちが、わぁわぁきゃあきゃぁ まるで18の小娘のように楽しそう。この会も女性が目立つ。今は戦国武士が人気だというが、埼玉から来たという女性は20代前半、彼女を誘ったという友達も同じくらいの年代。友達は東京からだとか。三成が若い人に人気だという証かな。

散策コースの地図の⑤の外堀が左へ曲がるあたりで説明がある。Img_6180

散策コースに申し込みがあったのは80人、会場で参加を決めた方まで入れると、はっきりは分からないが100人近い人数がぞろぞろ歩くのだから大変。

⑥の内堀に向かって歩く。途中に本町筋の道路が残っている。とても狭い。もう一本道が残っているが、ここは、馬なら一頭が、人なら二列で歩くのにやっとの狭さくらいだろうか。

⑥の内堀の先に奥の谷があり、佐和山城跡の小高い山が見える。土塁が部分的だけどよく残っている。Img_6194

そこから引き返して、本町筋を歩く。近江鉄道の鉄橋をくぐって、殿町谷にある、⑨の大手土塁、内堀、京橋通りと歩き、いよいよ⑩の大手口に到着。

Img_6208 大手口は殿町谷にあり、関ヶ原で裏切った小早川秀秋が急先鋒を命じられて、左の方から太鼓丸に上がってさらに本丸を落とした。一方、からめて、西の丸と二の丸の間の谷、北の方から本丸に突入したのが田中吉政と言われていると。Img_6217

佐和山城は焼け落ちたのかという質問があったようで、それには焼けた瓦が出ていないので.焼けていないというのが今の城郭研究者の意見だとか。太田氏の興味深い説明は続きます。いやぁ 現地で聞いていると、目の前を鎧兜に身を包んだ武者が走っているように想像しやすく面白い。

佐和山城跡には石垣も残っていないらしいが、それらの石は彦根城を建てる時に運ばれたと。午前中の彦根城で見た、野面積みの石垣などが佐和山から運ばれた石だったのかな。佐和山城跡に登ると、その彦根城が見えるらしい。

後に朝鮮通信使が通ったという 近世朝鮮人街道に立って、この道の先の佐和山城跡の切通はこちらから行くといい。北からもいけるが危険。女郎谷の話をされた時は、一部の参加者から、またこの話と笑いが漏れた。曲輪、馬冷池、シラミ坂のゆわれなど面白い話をされた。

京都に続く、外堀にかかっている京橋が当時のものではないが、赤い鉄の橋になって残っているのを今日発見したというので見に行きます。京橋の先は工場でいけませんが、その先は新幹線の下のトンネルになっているのは農道として使われていたから・・・。Dsc08537

Dsc08558 内堀の中に侍屋敷があり、内堀と外堀の間に城下町があった。史跡に指定されていないが残っている土塁は多い。現説を聞きながら散策するのは最高!!写真はクリックすると大きくなります。

とても書き切れる内容ではないがおしまい。現地の写真、エピソードなどはまだ続きます。

講演と佐和山城下町散策

昨日の講演と散策は太田浩司氏の『近江が生んだ知将 石田三成』の出版を記念したものだった。Dsc08574

話したいこともたくさんあるし、散策したい場所も多すぎて、講演と散策が終わりになるのは午後4時終了の予定が5時半になるかもしれないと時間を気にして話された。途中熱が入って詳しく話しそうになっては時間を気にされて軌道修正されること度々。

石田三成と佐和山城下町

はじめに

1 石田三成の生涯

2 佐和山城の歴史

3 佐和山城と城下町についての文献

4 佐和山城下町復元
  ① 城下町 街佐和山東麓説と西麓説
  ② 古地図・地籍図を使った復元

5 スライドショー
  ①佐和山城郭城部分
  ②佐和山城下町部分

主なのは、三成年表と佐和山城をめぐる攻防

  ①佐和山城郭

  ②佐和山城下町部分

避けて通れないのが、佐和山城の歴史と 佐和山城の攻防。

佐和山城に三成が城主としていたのは、天正19年4月豊臣直轄領代官として佐和山城主となる。この時三成32歳。

慶長5年9月15日、西軍を率い、関ヶ原で徳川家康が率いる東軍と戦うが敗戦。三成は伊吹山中に逃走する。

9月17日佐和山城が落ち、父・正継や兄・正澄ら一族自刃する。

9月2日、近江国伊香郡古橋村にて、田中吉政の手で捕らえられる。

10月1日、小西行長・安国寺恵瓊と共に、京六条河原で処刑される。

三成は、西暦1600年、41歳で処刑される。この間が約10年。

佐和山城攻防の中で、信長の城になったことは興味深い。岐阜公園で発掘中の信長居館跡の調査はゆっくり進んでいるようだ。が、居館に住んでいる間に、元亀4年には、犬上山中の材木を佐和山城山麓の松原に運ばせ、大船を建造させたりと、安土城が出来る天正4年までに信長が佐和山城に宿泊すること10回。そうかそうか、信長は佐和山に来たのか。(^^♪

太田氏は城の役割が変わったことも話された。
 1は大名の居城・・・ 2は城付き大名の居場所に。3は政調の場になってい行くと・・。なるほど、城の立場がだんだんと重要になっていくのかと面白い。

関ヶ原で東軍に寝返った、小早川秀秋。三成を捉えた田中吉政が、佐和山城を攻め上がった場所など明日報告します。090321oota1  

彦根城の桜も早そう・・

JRの青春18きっぷで、彦根城と佐和山城城下町を訪ねました。朝、8時54分笠寺発の普通列車に乗り、金山駅で新快速米原域に乗り換えて、米原駅で隣のホームに止まって待っていた新快速、姫路行きに乗り、10時26分彦根駅に予定通りに到着。

桜も咲いていないのにそれなりの人出。

Img_6136 まずは 玄宮園から。玄宮園は、江戸時代初期(1677年)、彦根藩4代藩主井伊直興により造営された大池泉回遊式日本庭園で、彦根城天守の北東は琵琶湖の水をひいた内濠と中濠の間に位置する。彦根城を借景としている点も特徴で、江戸時代初期の大名庭園である。『ウィキペディア(Wikipedia)』より。Dsc08514

あまり好きな庭ではないが松の木が見事。琵琶湖の風を受けたのか曲がって趣のある気も多い。隣にある楽々園は、「御書院」、「地震の間」、「楽々の間」、「雷の間」、「新東西の間」や「鳰の間」など江戸時代後期の数奇屋建築が現存する。 江戸時代は「槻御殿」あるいは「黒門外御屋敷」と呼ばれており、明治時代以降に「樂々の間」から「楽々園」と呼ばれるようになったとされる。 『ウィキペディア(Wikipedia)』より。Dsc08518

耐震構造の地震の間は必見。

そのあと平山城の天守まで登る。まさに登るという感じ。天守に上る行列が出来ていてびっくり。井伊直弼と開港150年展をやっているからか、暖かい上天気に恵まれたからか。Dsc08521

400年前の慶長(けいちょう)9年(1604年)に始まり、20年近い歳月をへて完成しました。みたいな案内が各所にあった。築城されたままに残されている国宝の城は階段の急なこと。姫路城より、松本城より急で一段が高く狭い。右手で手すりをしっかり持って上るが怖かった。降りるのは上るよりも怖かった。Img_6157

東側の積み方(上の写真)は、自然石をそのまま用いる「野面積み」で、西側は石と石の接合面(合端)を加工して積み上げる「打ち込みハギ」といわれる積み方がされています。

浜松城の野面積みは美しかったですが、彦根は美しいというわっけではありません。同じ場所に違う石組興味がわきます。

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Dsc08530場内で天ぷらうどん500円を食べて、頼まれていたひこにゃんのぬいぐるみを買って彦根駅に戻ります。 

彦根駅に着いたのが1時10分くらい、今日の本命、長浜城歴史博物館の太田浩司さんの講演会に向かいます。

交通の便が悪いので彦根駅から、会場の鳥居本地区公民館までタクシーで。なかなか楽しい運転手さんでした。古株(コカブ)さんという変わったお名前の人でした。

途中車が混んでいて、1時30分から始まる 「石田三成と佐和山城下町」 新たな三成像に迫り、幻の城下町をあるく という講演会にぎりぎりセーフ。続きは明日。

2007年4月の築城400年の桜が満開の彦根城はこちらから。

雨の朝・・・桜の満開が待ち遠しい

夜の間に降り出した雨は起きた時にも降っていた。昨日開花宣言された名古屋の桜はぬれている。暖かくて雨が降るとなめくじが気になりはじめる。なめくじはカタツムリのように冬眠はしない。越冬というらしい。今年みたいに暖かいと冬でも卵を産んでいそうでいやだなぁと思う。

そろそろ年度末、女性会の決算書を作るが面倒だ。手つかずの預金があるが、利息を決算に入れるためにJAバンクに通帳記入に行ったり、もう一人の会員さんに聞きに行ったりした。

ワードで決算書を作っていたが、字の配置が気に入らない。エクセルでやってもいまいち気になるので、ワードに、あらかじめエクセルで作っておいた決算書を挿入してみた。納得のできかも・・・。

予算を使い切るように言われているが、到底無理、飲食費ばかりに使っても嫌なので・・・といっても何もいらないし、トヨタショックがいつまで続くか分からないし残して置くことにした。

これが終われば少しは楽になるかな。来期はまた、日本舞踊の稽古も始まるらしい。二年目になれば少しは勝手がわかるので嬉しい。

写真は 2007年4月6日の名古屋城。今年の桜の見頃はこの時より2週間は早いだろう!

Nagoya1

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暑かった!!

最高気温が20度を越しそうな日のテニスは暑かった。体のスイッチはまだ冬モードのままだから・・・。

ネットプレーの3週目。サーブをする時に、体制がくずれたまま打ったら、そのまんまで打つの・・!という声が聞こえた。そう・・・あんまり途中でやめることはない。体制が崩れたままで打ったサーブは入ったのだ。コーチいわく、打つ面がいいから入るんだよと。でも・・・(爆)

練習試合は参加者が5名だったのでコーチもじゃんけんして相手を決めた。コーチを組んだ。仕方ないか誰かは組むんだから。コーチを仲間にすると上手だけど、試合を面白くするためにいろんなことをするんだよね。そのためかどうか三連勝。たまにはいいか。自分にもいいところは有ったんだから。

それにしても暑かった。暑さに慣れていないから…帰りは日差しが強くて、紫外線が気になる。そんな季節到来。気を付けよう!!すぐ忘れるけど・・。

今日の花の画像は後で・・・Haru3上から ハナニラ ムスカリ ムラサキハナナ プリムラマラコイデス 黄花オキザリス・セルヌア Haru1 Haru2 金魚草

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桜が咲いていた

大江川緑地を通りかかったので、サ・ク・ラ・は・ま・だ・か・なと思いながら見た。ほのかに桜色の木が見えたので行って見るとしだれ桜がちらほらと咲いていた。Sidare0318

しだれ桜とソメイヨシノって同じ時期に咲いたよねって思いながら見上げると咲いていました。ソメイヨシノ。Someiyosino0318_2

夜のニュースでは名古屋の開花予報は20日だとまぁだ言っている。標準木はまだ咲いてないらしい。

夕方、夕食の用意をしていると、玄関のチャイムが鳴った。だぁれ!と出てみるとゴールドの飼い主さんだった。5時5分にゴールドが死んだと。庭の金魚草やムスカリを摘んであげた。

一週間前は元気に公園を一周したのに、思いがけず早かったな。最近、薬を入れると竹輪もカステラもチーズも食べないとは聞いていたけど。余命3ヵ月は何だったの。

救いは苦しまずに死んだことだ。眠るように横たわっていた。ゆきを連れてお別れに行って来た。ゆきとゴールドはお互いの存在を認め合っていたから。どちらも嫌わなかった。Gorudo311

写真は一週館前のゴールド。ゆっくりお休み・・・

難しき時代新しき村

今日は、端末 Robot/Tool は来なかったようだ。訪問くださったたくさんの人、有難うございます。

今朝の朝日新聞に、武者小路実篤が大正時代につくった理想郷、新しき村が特集されていた。

今も続いているんです。「新しき村」の名に聞き覚えのある人は、驚かれるかもしれません。それは、「仲良き事は美しき哉」の言葉で有名な武者小路実篤が、大正時代に始めた農村共同体。仕事はみんなで分担。余暇はそれぞれ趣味を楽しむ理想郷をめざして90年。高齢化は進むものの、村には静かな時間が流れ続けているんです。

実篤は、戦争を避けて最初に宮崎県木城町に日向新しき村をつくった理想郷。この時の苦難は『土地』に詳しく書いてある。時の村長、津江一作との関係、いきさつなども合わせて、興味深いことが書いてある。

のちに埼玉の毛呂山町につくった新しき村に行ってしまったが、どちらの新しき村も今も続いている。

よだきぼママが石河内(いしがわち)に新しき村を訪ねたのは、子供が小さい頃だった。まだ 実篤の先の夫人房子さんが、まだ存命中だったが、心の字に掘った池に水はなかった。青年団が訪ねても会ってもらえる人そうでない人があったらしい。この頃はすでに体調が悪かったのか・・・。

木城の中心からは、いくつもの山を越えて行かなければならない。最後の山を降りる坂の途中に

山と山とが賛嘆しあうように
星と星とが賛嘆しあうように
人間と人間とが賛嘆しあいたい

の石碑が建っている。高校の現国の担任は、よく通る声で歌っては、たまらんなぁ・・といつも感激していた。この通りに実現出来たら本当にに素晴らしい。理想郷そのものだったろう。

今も住み続けているのは、松田省吾さんとヤイ子さん。高齢になった房子さんと再婚した杉山さんの面倒をみるために、76年に日向に移り住んだ。

町の高城に住む吉田医院の元院長は、二人の最後を看取った。吉田先生が書かれた本や、阿万鯱人著『一人でもやっぱり村である』に詳しいが、今、手元にないのが悔やまれる。

新しき村の公式HPはこちらからImg_6075

つくしを探しに

最近花粉症の薬を飲んでいるせいか異常に眠い。昨日の夕方も眠くって、連れ合いが寝ればいいというので、夜中に起きてブログを書こうと思いつつ寝てしまった。

気がついて起きたら、日付が変わる寸前。あぁ~もう明日の日付になっちゃう・・・・。もういいっか 明日にしようっと・・・で本当に寝てしまった。

目が覚めたのが、なんとなんと 3時35分。もう一度寝ようと思ったが4時に起きた。

昨日の報告。ご近所さんが大高でつくしを取ったよっていうし、お隣さんは刈谷に土筆を取りに行くよ・・・と。土筆の天ぷらが美味しいと聞いたので、自分も近場に出かけた。すぐ帰ろうと思って、自転車に乗りカメラを持って行った。

目当ての場所にいくと ちょっと育ちすぎだけど見つかった。思いがけず収穫大。ルンルン気分で被写体探し・・・春はどこかな・・・。オタマジャクシでも・・・田んぼはあるけどいなかった。_mg_6030

大高城址に山桜があるのを思い出し行って見ることに。大高はかっては水がきれいだたらしく酒蔵がいくつか残っている。その辺りは道路が狭く昔らしい場所。狭い路地を抜けて、丸太の階段を上がっていく。まだつぼみは膨らみ始めたばっかり!Img_6035 Img_6037

帰りにコサギが大高川で食事中。堤防を三脚代わりに固定して、チャンスを待った。けど、今だ・・・チャンス と思うと力が入ってぶれた!!まぁ こんなものかな。よく見ると小魚をくわえているのがわかる。

次回はぶれないようにチャンスをものにするぞーっと。Img_6054

Img_6055Img_6058最後の写真は満足の一枚ならぬ、満足の土筆!(笑)

 

ロボット襲来・・・

リモートホスト crawl-12.cuill.com
ユーザーエージェント Mozilla/5.0 (Twiceler-0.9 http://www.cuil.com/twiceler/robot.html)

端末 Robot/Tool

これって何だろう? 昨日15日が16アクセス 今日はこれまでに14アクセス。ユニークアクセスに同じ表示がされる。

面白いのは一週間で解析しても、昨日とか今日で解析しても最高16にしかならない。

※ マイクロソフトの検索ロボットがやってきて、しらみつぶしに臭いを嗅いでいるものと思われる。

て言うのもあるが こんなんでアクセスカウント増えてもつまんない!

Robotでアクセスが極端に増えたらなんとかしなきゃと思うけど。。。ココログだけでもないらしいので静観することに!

弟の靴が出来た!

昨日から雨と風が強く寒い日になりました。

今日は弟の靴が出来たというので 兵庫県の靴の中井までもらいに行ってきました。これはこちらに書いた母の思いから始まったことです。2007年に母が宮崎から予約を入れました。

一年後に名古屋から確認の電話をして、採寸に行ったのが2008年です。NHKの放送で1年くらいは待ってもらわんとで・・・去年。

採寸が終わって半年経っても連絡がないので宮崎から電話したら、忘れてたと言われたとか・・・ 大丈夫かな。若いお弟子さんがいるから大丈夫だとは思っていたんですが。ね~。

弟から葉書が届いたと連絡があって やっと今日いって来たんです。

滋賀県草津から来たという男性が、いらしてました。その人は片足が5センチも短く、保健衛生大学病院で 下肢装具を作ってもらい半年通院されたそうです。その下肢装具のままはける靴が出来ていました。びっくりです。市販の靴だと100mくらいしか歩けないので、杖を使っているということでした。

靴が出来上がっても、それまでについた筋肉が新しい靴にあったようになるには時間が必要です。大変なことが待ているのでしょうね。

弟はその人ほどひどくはありませんが、調整を繰り返して納得するまでに一時間くらいはかかりました。丁寧に合わせてくれます。会社ではほとんど安全靴をはいていると言ったら、安全靴の中敷きも作ってもらえました。

しばらく様子を見ないといけません。弟はパソコンの前に座る仕事が多くなって運動不足だそうです。まずは筋肉を鍛えないと、股関節を痛めることになるとか。頑張って運動して下し。無理はせずにね。

名古屋から靴の中井は遠いです。すっかりお昼を過ぎてしまいました。靴屋さんも食事抜きでしたから、申し訳なかったですね。

最後に筋肉痛は我慢してもいいですが、関節痛はすぐに連絡してくださいね。中敷きの厚みを調整して低くして、やり直すことは出来ますからね。上が痛まない限り何回でも修理できます。靴を送ってくれれば修理しますと、何度も何度もお聞きしました。安価な靴ではないの大事に履けますよと。

靴屋があるのは日本酒で有名な灘です。酒の醸造元がいくつもあって試飲できるので行ってきたらと勧められました。お酒の好きな人は楽しいかも。

さあ 母に報告しなければ、思いきり走れるようになるかは時間がかかりそうですが・・・。Dsc08494 Dsc08497 Dsc08498

昨日も・・今日も・・明日も・・・

昨日に続いて女性会。今日は反省会(かってに名前をつけてみた)という名の懇親会。女性会の役をもらって一年。まだ、もう少し続きます。そのあとは女性会2年目になります。

一年目は皆借りてきた猫でしたが、そろそろ窮屈になってきたのか個性を発揮し始めたような・・・。ということは今年はわがままを言いだす人も有りなのか・・・。

すっかり遅くなってしまった。遅くなるくらい楽しかったってことでまぁよしとしましょうか?

明日は夜7時から町内の会合。意見も何も出ないつまんない会になるかどうか、町内の条例を変えた方がいいのではないかという意見が出て、準備も進んでいるようだから。

組長さんは一年限りだけど、一部の人と女性会はあと一年。頑張ります。

明日も忙しくなりそうなので・・・寝まぁ~す。 (-_-)zzz

テニスと手芸

今週のテニスはネットプレー2回目。参加者はたったの6人。コーチは二人。新人のコーチは生え抜きだそうだ。19さぁ~い と皆で言ったら違ってた。このまえ高校を卒業したばっかりで、スポーツのインストラクターになる専門学校行くそうだ。

コーチはフォアハンドストロークがいいねぇと言っていたが、それより、バックハンドが決まると嬉しいかな。新人コーチを育てるのにこのクラスはとてもいい。少し若い人から、おばちゃん、おじちゃんまで網羅しているから・・・。

新人コーチはおもいっきりがいい。というよりゆっくり打てなんだそうだ。ほんとぉ~!!練習試合で支配人コーチとは全然違って、思いっきり打つんだよね。あんたはコーチ・・・と、腹の中では思っている。

夜には女性会の定例会と手芸つくり。来年一年頑張る。新しい仕事は総務。研修旅行のことをいろいろ決める仕事。Sa3a00341 作ったのはリース!!

高鍋高校黒岩先生

このところワード検索で高鍋高校ラグビー部が5位に入っている。どうにもこうにも気になるのでクリックしてみた。思いがけず、懐かしい変わらない高校の景色と変わらない黒岩先生の顔があった。

You Tubeではこちらからです。黒岩先生ひとっつも変わらんね。

永井路子著『岩倉具視』

欠席二人、一人は海外旅行、もう一人は具合が悪くて病院へ行くとのこと。春・・・気候の変わり目です、気をつけましょう。何て書きながら、杉・ヒノキ・イネ科と花粉症が続くよだきぼママです。今のところは薬を飲んでいるのでひどいことにならずにすんでますが。

読書会、最初は今から読む古典『伊勢物語』。『伊勢物語』を読むにあったって講師を招く段どり。館長さんにどうしたらいいのか相談。会費を取らないならと・・・なんとか許してもらう。

本題の永井路子著の『岩倉具視』。
皆先の大河ドラマ 篤姫を見ていたので時代背景が少しは分かった。 この頃の歴史がわかっていることが前提で描かれているので歴史がわからないと理解できない。 なぜ著者は岩倉具視を書いたのか、岩倉の魅力がわからない。 岩倉が生きた時代はついこの前なんだと思う。ついこの間だから資料が多すぎてかえってわかりづらい。立場が違えば、書き様も違ってくる。赤穂浪士のように。

面白かったのは 手入れという賄賂の話。今も昔もこれしかないのね。まぁ 明治政府が作った今の国政の元は、徳川の時代の手入れを受け継いでいるのね。文中には 将軍は天下随一の大富豪。なまじ献金よりも日本に二つとない珍木・奇鳥をお目にかけてこそ効果が期待されるというものだ。とある。それで思い出した、先日の めろんさんのコメントを。

奈良の大仏さんの手前の花瓶に蝶がとまっている。なんと足が八本あるそうな。理由は不明

Carp33rg 将軍様はこんな珍らしいものをもらったのかな。

八本足の蝶が気になるので、古代史好きの二人に知っているか聞いてみたが知らないということだった。大仏様ばかりが気になってそんなとこ見ないのか。東大寺はよだきぼママも2回は行ったけど全然知りませんでした。柱の穴をくぐることばかり気になりましたね。『東海道中膝栗毛』の弥次さん喜多さんが出かけた大仏様が京都大仏だと知ったのはずっとずっと後のことです。

本の帯には、下級公家がいかに権力の中枢にのし上がっていったのか。歴史という魔物に挑み続けた永井文学の神髄ついに刊行。とあった。永井路子が40年も温めて書いたものだそうだ。

読み応えのある、難しい本だったが結構盛り上がった。

がんになった犬

お母様が無くなったので田舎へ行くという友達の犬を二日ばかり面倒を見ることになった。前に友達自身が病気で入院したときにお世話したゴールデンレトリバーのゴールド。

入院させたかったらしいが、病院で鳴くので自宅の方がいいのではと獣医先生に言われたんだそうだ。面倒をみると言っても散歩と食事、薬を飲ませること。がんが転移していて、まぁあと三か月かなとも言われたらしい。

獣医の見立てはかなり当たるようなので覚悟を決めたということだった。今回の留守の間は大丈夫のようだ。比較的元気に公園に行っておしっこをしたから。

水がたまるようになってきたので、利尿剤を飲んでいるらしい。病院に来ているゴールデンはがんが多いらしい。悲しいね。人間が都合のいい様に改良してきたからみたいだ。鼻の低いブルドックなど色んな弊害が出ているらしい。

一匹ぼっちで留守番をしているゴールドがかわいそうなので行って見て来ようかな。家のあんこはずいぶん元気になったし・・・。利尿剤を飲んでいるので外に出してあげないと・・・。

写真は去年のはじめ頃1686

展覧会に思う

先日鬼頭正行先生の個展にカメラのCFカードを忘れて行ったのが心残りなのでまた行ってきました。鬼頭先生は私の相手など出来ないくらい忙しそうでした。今度の個展が成功すると嬉しいですね。

と・・・書いて、今日会場で聞いた言葉に考えされられた。このブログで、鬼頭先生の今回の作品を見たから、もういいやと思ったと言われたのです。先回の刈谷市の個展をご覧になっているお人なのですが、残念なお言葉でした。

でも、会場で拝見するのと写真では全然違います。作品の写真を全部ブログに載せてはないし、気に入った物さえ半分も載せていません。明日までになった鬼頭正行先生の私の気に入った作品の写真を今回は載せます。と言ってもほんの一部です。このブログを見ると実物が見たくなりますよ。展示されている数は50点もあるそうだし・・・ 載せない作品が多いのです。

まずは「RT」と名前をつけたという道具です。並べ様も美しい。

_mg_5973

はっと見て、トトロやまっ黒クロスケを思い出した丘シリーズ。_mg_5954 _mg_5956

ショーウィンドウを飾るのは、こちらで紹介した大府市市民体育館にある「碧空」の頭部です。体育館の作品は高いのでよくわかりませんが、こんなに大きいんですね。

_mg_5985

ショーウィンドウはガラスが光を跳ね返すので、今回は中に入らせていただきました。_mg_5979

他にも細かい細工の茶道具など様々な作品が並んでいて楽しめました。鬼頭先生は私の写真がお好きなようですが、こんな素人の写真でいいんでしょうかね。プロが撮ったらどんなになるのかと思いながらシャッターを切りました。いかがでしょうか?

_mg_5966鬼頭先生の褒め言葉に嬉しくなったよだきぼママは、近々HPで他の作品をアップしたいと思います。お楽しみに!!

素敵な花展

名鉄刈谷市駅のすぐ近くにあるギャルリ・ディマージュに行ってきました。花が大好きなよだきぼには欠かせない展覧会です。Img_5927 ブリザードフラワーもガラス作品も花でした。

Img_5921 Img_5922 Img_5923 Img_5924 会期3月14日まで

Img_5930 Img_5929

母校のOB美術展の案内届く

宮崎県在住の彫刻家田中等氏から封書が届いた。高鍋高校OB美術店の案内だった。残念ながら同級生は出品していない。若い人が増えている。彫刻作品が2点増えている。

写真で見る限り気になる作品がいくつもあるが、陶芸のKAIさんの「緑釉幾何学鉢」。とても深い緑色。SITIJYOUさんの「主張する花」。 完成度の高さからいえば田中さんの「The door of wind」 実際に見てみたいものだ。

美術部在校生の12名の作品も展示されているようで、羨ましい。自分たちの頃は、高校美術展と文化祭しか発表の場はなかった。美術教師が変わってからサボってばかりで描いてなかったので大きなことは言えないが(笑) Dsc08479

会期 今日3月7日(土)~12日(木)
会場 高鍋町美術館
    入場無料

画像は彫刻家のつれづれ日記からどうぞ。

今日も雨

といっても昨日が雨だったわけではない。テニスに行く時は曇っていた。肌寒かったけど、ババシャツを脱いで薄着で参加する。それにしても花粉の不愉快さはいかに・・・。

テニスの今月のテーマはボレ・・・いつもと違う慣れない練習。難しい。で時間が過ぎるのが長く感じた。

午後から女性会のお茶を買いに行った。おーいお茶 のバリエーションの多さにビックリする。ホントは午後の紅茶 ストレートが欲しかったけど、おーいお茶を買った。一本88円で一ケース24本入り。おーいお茶の側面にプリントしてある歌が好きだ。

そのあとホームセンターに行って、資源回収で使う軍手の代わりの手袋を買った。今月の資源回収は全員参加することになっている。大して仕事はないのだが・・・。

近くの子供が遊んでいたので、卒業したっけと聞いたら、中学校は明日が卒業式だと教えてくれた。中々背が伸びないかわいい子。昨日の明日だからあいにくの雨ふりの卒業式は大変だったかも。

鉄道マニアの息子の卒業式はとっても寒いうす曇りだった。車椅子の生徒との別れに近くの公園に行ったっけ。

今日の花はピンクの椿。雨続きで写真が撮れないでいるうちに終わってしまった。花の命は短いと感じた日でした。

_mg_5809

花も素敵な鍛金の個展

今回の個展は鬼頭先生の思い入れがいくつかあるようだ。いただいたメールから抜粋してみます。まず一つ目が、

この数年は、鍛金の作品制作と並行して開発、試行してきた道具
(ソケット式当て金)の完成をめざして来ました。
ディマージュで一部をご覧いただきましたように、ようやくその全
容をご紹介できるレベルになりました。
Sa3a0025

会場にいらした奥さまは、この道具を見せたいがための個展かもと笑っていらした。そう、先回のディマージュの個展で道具に寄せる熱い思いを私もお聞きしました。

次は還暦を迎えた記念すべき、第3回に、合わせて、この度の個展にはcdaで親しくさせていただいております 
草月流の菊池朱里先生に挿花をお願いしました。花器の生きた姿をお楽しみ下さい。
というものです。Dsc08458

草月流と聞いて思い出すのは、クリントン元アメリカ大統領が来た時の、假屋崎省吾の孟宗竹 を取り入れた大胆な生花。そこまで派手ではないが素敵な花が入れてあった。(次の日に気がついた変換ミス・・・妄想だけを)

赤いカラーは6本あって 先生の還暦のお祝いだそうだ。心憎い演出の裏に、人と人のつながりが暖かい。

Dsc08453 今回一眼レフを取り出したら、カードがないと表示されてがっかりした。電池はバッチリ充電して熱い気持ちだったのにショボン・・・。考え方を変えれば、もう一度来いということかと思いなおす。

Sa3a0016 Sa3a0026 Sa3a0018

松坂屋南館6Fの美術画廊での個展は 3月10日(火)まで。

読書会へのお誘い

読書会の2月の課題本は、永井路子著 『岩倉具視』である。岩倉具視は先の大河ドラマで鶴太郎が演じたが印象が強すぎて困っている。

読書会の案内
日時 3月10日午前10時から12時
場所 名古屋市南図書館2F集会室
課題 古典 『伊勢物語』5118dws6nql__sl500_aa240_
    『岩倉具視』 永井路子著

読書会 (二水会) は発足から 40年余を経て、会員の高齢化、員数が減少していますが、中身の濃い内容で 読後の感想を語ります。

お近くにお住まいの方に限らず歓迎いたします。どうぞ 一度お越しください。
今回から『伊勢物語』を読みはじめます。

なばなの里 さくらとイルミネーション

午前中は学区のペタンク大会のお手伝い。朝のうち雨が残っていたが試合が始まる頃には曇り空。少し寒かった。途中休憩して抹茶と最中を頂く。体が冷えていたので美味しかった。

ペタンク 中々面白そうだ。毎朝やっている老人会が強かった!!

来賓に今度の市長選挙に出馬するという人がご挨拶。でも みんなKさんが来ると面白いだろうにねって。

順調に試合が終わって片付けまで終わったのがお昼。助六の弁当とお茶をもらって帰る。

3時から女性会でお出かけなので忙しい。スーパーに行って、猫の世話をして・・・家族のご飯を用意して・・・と。

マイクロバスでなばなの里へ。伊勢湾岸道が出来て三重県長島町は近くなった。なばなの里は老若男女問わず・・・人でいっぱい。観光バスもすごい数。

まずは長島ビール園で早めの夕食のバーベキュー。会長さんは時間が気になって食べるのが早いこと。なばなの里はしだれ梅・河津桜が満開できれいだった。_mg_5828 _mg_5839

イルミネーションが灯る前に、お土産を買う人。トイレに行く人。どちらにしても長~い行列!安永餅が有名。会長は甘いものが苦手なので、シジミの入ったここならではのコロッケをと並んで、ずっと並んで19個も買った。それを皆でシジミ入っているねぇ・・・とか言いながら食べた。温いのが嬉しい。Dsc08428

今度はイルミネーションを見るために並んだ。本当に人ばっかし・・・。日没が遅くなったので遅めに出かけてくる人も多いみたいだ。

光の回廊はきれいだけど、立ち止まれない。歩きながら写真を撮るのは無理・・・。もう少しカメラの勉強をしないと暗い中での撮影は無理・・・。皆の写真を撮ってはみたが失敗ばかり・・・残念だなぁ。Img_5896

Img_5868 Img_5871 Img_5891 Dsc08442 帰りの駐車場は大型バスが並んでいる。帰って行くバス、まだまだやってくるバス。今日一日でどれだけ多くのバスが来たんだろうか?

7時過ぎに帰路についたけど、来る乗用車の波・・・まだまだ続いていた。

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