JR芦屋駅から西にある芦屋川に架かる橋の名前が業平橋とあり,,おや・・・もしかして 在原業平と関係あるんだろうか。それなら面白いなぁと思いつつ見る。
今思い出して、調べてみると
今から1100年ほど前の芦屋にゆかりのある平安初期の歌人。阿保親王の第五皇子で、祖父は平城(へいぜい)天皇、母は桓武天皇の皇女伊都内親王で、どちらも皇族の人達でしたが、業平は後に皇族から臣下に下り、在原氏を名乗りました。六歌仙の一人に数えられた歌人で、容姿端麗、性行放縦であったといい、今で言うプレイボーイだったようです。
とあり、『伊勢物語』には業平の歌が数多く収められているそうだ。、『伊勢物語』の作者は、はっきりしていなくて今でも論争中らしい。
谷崎潤一郎記念館のパンフレットを開くと、愛用の鏡の写真などとともに英語で書いてあるのは略歴らしい。右のページの略年譜を見ると、1964年78歳で全米芸術院・米国文学芸術アカデミー会員に推薦されるとある。この記念館を訪れる外国人も多いってことかな。
谷崎潤一郎と画家たち~作品を彩る装丁と挿絵~ の展示があり 谷崎の結婚観と人脈が面白い。
結婚の話は有名?らしいので今回は省くが、人脈は興味深い。永井荷風に激賞され24歳で『刺青』を発表する。41歳では芥川龍之介と「小説の筋」論争とあり、武者小路実篤とはいつ会ったとはなかったが、同世代で作家としてお互いを認め合い、深い交流があったと。武者小路の見慣れた絵が架けてある。
武者小路と宮崎は切っても切り離せない深い関係があるので気になる。
棟方志功の若い時の写真があり、谷崎の『鍵』や『癇癪老人』を棟方の挿絵・装丁に相乗ともいえる関係を感じとっていただければと・・・後略
鏑木清方・安井曽太郎・菅楯彦・内田巌・横山泰三・小出樽重などなど。時代を映す画家たちの絵がたくさん有って楽しめた。
毛嫌いするところがあって谷崎文学は読んでいない。だから語れないが、谷崎の『源氏物語』を好む男性は多いらしい。読書会の仲間にはこよなく谷崎文学を愛する人もいてえらく感激していた。
JR芦屋駅までタクシーで戻り、駅前の寛永年間創業の和菓子屋で休憩。蕨もちと抹茶を・・・。出てきた抹茶がたっぷりだったので、こんなに多いの初めて見たわという人がある。そのせいかじゃぶじゃぶの抹茶を頂きながら、抹茶は西尾よ~と私は言う。
そこから西尾の話になり、今人気の篤姫が近衛家に養女になる時に行った京都の近衛家屋敷が西尾に移築されているのだが、そこの抹茶と和菓子はおいしかったね~と・・・。西尾で食べたテン茶ご飯をもう一度食べたいとか。おばちゃんの話は尽きない。
そこからJR新大阪に出て新幹線に乗り継ぐ。新幹線のホーム下でひかりの発車まで4分です。次のこだまにしようかという声を聞きながら、まだ大丈夫とホームへ。そこへ新幹線が停まったのでとりあえず乗る。土産も買わずに・・・。
乗った車両は11号車。自由席は1~5号車です。(こだま・ひかり早得きっぷだからのぞみには乗れない)動きだした新幹線の中を初めての体験と言いながら皆楽しそうに、後ろに歩く。
なかなか席が見つからず、喫煙車両の3号車を通ることに。覚悟して・・・息を止めて・・・せーの・・・紫煙たなびく車両を走り抜ける。車掌さんが私たちに圧倒されたのか、避けてくれました。
やっと座って一息。帰りの新幹線ひかりは京都駅の次が名古屋駅です。外はまだ明るく早すぎたね~。今帰ると夕飯の用意をしなきゃいけないわぁ。どこかで寄り道しようか・・・。
司馬文学・谷崎文学と今回ほど読書会らしい旅は初めてでした。皆満足したようでした。
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