宮崎

ラグビー部 花園へ

高鍋高校ラグビー部が今年は花園へ行くことが決まりました。

今日は同窓会の続きで岐阜城と犬山城の観光でした。午後の犬山城を見学している頃が宮崎県の決勝の時間と重なりました。教頭先生はじめ,OBのみんなも気になって仕方ありません。犬山城見学もそこそこに駐車場に戻ってきたのです。教頭先生が連絡してくださったら、前半を14:0で折り返したというのでみんなで行けるいけると大喜びしました。

教頭先生たちは帰りの飛行機に乗るには名鉄電車の時間に余裕のないことがわかり、先生たちは早めに犬山駅に向かわれました。紅葉の季節ですね、どこもかしこも人がいっぱいです。車が渋滞です。(>_<)

残りの人も犬山から名駅に向かったほうが早いというので車に分乗して駅に行きました。途中お祭りやらもあったらしく車は予想通り渋滞でした。

駅についてお別れしてホームに行くと、教頭先生たちがいました。また、皆に先生ラグビーは???と質問攻め!! すぐに教頭先生の電話が鳴って結果がわかりました。

14:12で優勝したと。。。よかった。そこで私の携帯もなりました。めろんさんからラグビーの結果を知らせるメールです。あ~  よかった!! 皆気にかけてくれて有難うございます。とっても嬉しいです。

先生!! 花園でお会いしましょうと電車を見送りました。相手校は日向です。日向の監督は高鍋高校のOBです。手の内が分かる同士の戦いだったのです。

高鍋高校ラグビー部の監督のブログはこちらです。

今日の観光は明日書くことにいたします。とても楽しかったですよ!欲を言うなら、もう少しじっくり観たかった。案内の表示板も読みたかったなぁ。

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ふるさと便り 西都原古墳群

めろんさんからの写真は大きなサイズでたくさん送られてきました。感謝です。帰郷しても用事が多かったりで中々観光はできませんから嬉しい便りです。

気になっていた、邪馬台国だったらいいなぁと思い続けている西都原古墳群。写真は有名な鬼の窟です。

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鬼の窟古墳(206号墳)(おにのいわやこふん)

西都原古墳群内で唯一、埋葬施設に横穴式石室を採用している古墳である。鬼が一夜で造りあげたとする伝説が残ることが名の由来となっている。石室入り口付近に生えていた楠により石室崩壊の危機にあったため、解体修復作業が行われ、その際同時に発掘調査が実施された。石室内の水を排出するための暗渠の存在や土塁が完全に古墳を一周していたこと、追葬が行われていたことなどが明らかとなった。古墳の周囲に土塁を巡らしているのは中華人民共和国・朝鮮半島ではよく見られるが、国内では石舞台古墳が類似するのみで、関係が注目される。  『ウィキペディア(Wikipedia)』より

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これは171号墳 171号墳は女狭穂塚の陪塚と言われ西都原古墳群で唯一の方墳です。一辺25m高さ4.5mで二段築成されています。墳頂平坦部は円筒埴輪列が取り囲みその内部に家形埴輪や盾形埴輪が列をなして立てられていました。しかし内部に人を葬った跡は見られません。第一次調査大正元年12月から翌年1月・平成10年から平成12年祭発掘調査整備されました。墳丘の表面は川原石(葺石)で覆われています。

他にも男狭穂塚(おさほづか)・女狭穂塚(めさほづか)があり、男狭穂塚は日本最大の帆立貝式古墳です。 ニニギノミコトの御陵と伝えられています。 男狭穂塚は5世紀初頭に建造された西都原古墳群中最大の古墳です。

女狭穂塚は九州では珍しい畿内式前方後円墳、九州最大の前方後円墳です。 コノハナサクヤヒメの御陵と伝えられています。

くわしくはこちらからどうぞ!

この西都原古墳群は、春は菜の花が咲き乱れ、今から季節は一面のコスモス畑が広がる。

それにつけても青い空によく似合う緑の古墳群!

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スコール青りんご味と高鍋大師

アオキスーパーに 愛のスコールの青りんご味が並んでいた。前からコンビニに売ってあると聞いていたがすべてのコンビニにはないので、探していた。

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まだ 飲んでいない。このコラボは美味しいだろう。

以前 マンゴー味のことを書いた が、今はコンビニに並んでいない。何故だろうか!

愛のスコールは宮崎で作っているので宮崎がらみの高鍋大師の画像を・・・撮ってくださったのは 愛知県在住の彫刻家尾崎慎氏。

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高鍋在住の彫刻家 田中等氏の写真とは違っている。田中さんの画像はこちらからどうぞ。

とってもユニークでしょ!宮崎の観光名所になった。

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宮崎国際現代彫刻・空港展と高鍋大師

宮崎国際現代彫刻・空港展が始まりました。田中等氏のブログ彫刻家のつれづれ日記から写真をお借りしました。(使用する承諾済みです)

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今年は去年よりとても多く感じます。20回と言うことで展示方法も素敵ですね。

作品が詳しく紹介されるのを楽しみにしています。

宮崎国際現代彫刻・空港展に参加され、ご自身も宮崎に行って見えた彫刻家尾崎慎さんから、掲示板に写真付きの投稿がありましたのでその写真も・・・たかなべ大師くんと一緒です。

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尾崎さん始めImg_819452_29540980_1 5人の彫刻家さんは高鍋美術館と彫刻のある街並み、合わせて高鍋大師にも行かれたようだ。

そして友達の日向人さんと尾崎慎さんは一緒に散策・・・

いいなぁ・・・秋月藩の城下町を散策・・・

日向人さんから送られてきた写真と日向人さんの日記から写真をお借りしました。200906071200000

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今後の継続が危ぶまれていました、宮崎国際現代彫刻・空港展は続行されるようです。

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NHK宮崎に尾崎さんの石彫が

彫刻家田中等氏の日記にNHK宮崎放送局の話がこの前からあったが、氏は放送を見逃したようだ。だが、こちらに詳しく画像など有ります。と書いてある。

豊明市在住の石彫家、尾崎慎氏の作品の宮崎県デビューかな・・・。

「二人で見る風景」はいいんだわぁ。見る角度によっては特に微笑ましい。それに作品を見守る商店街の人たちの気持ちもほのぼのとしている。 ☆撮影当日の朝、みんなで磨きました。とあって みんなに大事にされているのがよくわかる。

顔の角度が好き!

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難しき時代新しき村

今日は、端末 Robot/Tool は来なかったようだ。訪問くださったたくさんの人、有難うございます。

今朝の朝日新聞に、武者小路実篤が大正時代につくった理想郷、新しき村が特集されていた。

今も続いているんです。「新しき村」の名に聞き覚えのある人は、驚かれるかもしれません。それは、「仲良き事は美しき哉」の言葉で有名な武者小路実篤が、大正時代に始めた農村共同体。仕事はみんなで分担。余暇はそれぞれ趣味を楽しむ理想郷をめざして90年。高齢化は進むものの、村には静かな時間が流れ続けているんです。

実篤は、戦争を避けて最初に宮崎県木城町に日向新しき村をつくった理想郷。この時の苦難は『土地』に詳しく書いてある。時の村長、津江一作との関係、いきさつなども合わせて、興味深いことが書いてある。

のちに埼玉の毛呂山町につくった新しき村に行ってしまったが、どちらの新しき村も今も続いている。

よだきぼママが石河内(いしがわち)に新しき村を訪ねたのは、子供が小さい頃だった。まだ 実篤の先の夫人房子さんが、まだ存命中だったが、心の字に掘った池に水はなかった。青年団が訪ねても会ってもらえる人そうでない人があったらしい。この頃はすでに体調が悪かったのか・・・。

木城の中心からは、いくつもの山を越えて行かなければならない。最後の山を降りる坂の途中に

山と山とが賛嘆しあうように
星と星とが賛嘆しあうように
人間と人間とが賛嘆しあいたい

の石碑が建っている。高校の現国の担任は、よく通る声で歌っては、たまらんなぁ・・といつも感激していた。この通りに実現出来たら本当にに素晴らしい。理想郷そのものだったろう。

今も住み続けているのは、松田省吾さんとヤイ子さん。高齢になった房子さんと再婚した杉山さんの面倒をみるために、76年に日向に移り住んだ。

町の高城に住む吉田医院の元院長は、二人の最後を看取った。吉田先生が書かれた本や、阿万鯱人著『一人でもやっぱり村である』に詳しいが、今、手元にないのが悔やまれる。

新しき村の公式HPはこちらからImg_6075

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高鍋高校黒岩先生

このところワード検索で高鍋高校ラグビー部が5位に入っている。どうにもこうにも気になるのでクリックしてみた。思いがけず、懐かしい変わらない高校の景色と変わらない黒岩先生の顔があった。

You Tubeではこちらからです。黒岩先生ひとっつも変わらんね。

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美々津から・・・田舎に泊まろう

今頃 大河ドラマの時間だよなぁと思いながら、ブログを書いている。なんか今回詰まんない。先週の放送の途中でスポットライトが当たり、モミジが散っているシーンがあった。

そこんとこで 興ざめしたのだ。人間 直江兼続 を期待していたんだが、肩透かし。メロドラマじゃあるまいし・・・と思うが、人気があるとか。 

「田舎に泊まろう」が美々津からというのでこれは見ていた。勝野洋?が海からやってきて、日本海軍発祥の地 の碑を見ながら町に入って行く。

美々津は江戸時代、この地方の産物である木材や炭を、耳川の高瀬舟で河口の美々津に集め、千石船で大阪方面に送り出していました。当時美々津はそれら特産物の積出港として大いに賑わい、元禄年間には回船問屋や商家が数多く軒 を連ね、「美々津千軒」と呼ばれるほどの繁栄ぶりでした。こちらのサイトから引用しました。

田舎に泊まろうでは 民家を訪ねて泊めてください。とお願いしては断られ困ってしまうのが売りだと思うが、美々津ではそれは起きなかった。

訪ねた人が旧家を目指したからか、一回も断られなかった。なんじゃこれって感じ。美々津にこれほどの街並みが残っていて嬉しい!!

写真はJR九州 美々津駅舎 と 耳川の鉄橋を行くサンシャイン

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凄いよ~宮崎に関する歴史本が・・・

宮崎県在住のめろんさんからチョー感激の本が送られてきました。いただいてもいいかとためらうほどの本です。

講談社刊 黒木晩石編著『古今宮崎史談』 これはとても分厚い本です。

他に同じ著者の『歴史の断面と人』『続歴史の断面と人』『秋月種樹』など

たまらんなぁ~・・・(高校の時の現国の教師の感動した時のキメの言葉。のちに校長に)を連発してしまいました。

午前中の予定は忘れて読みました。面白い・・・日本神話 つまり 日本書紀のことから明治まで網羅されています。気になるところだけ拾い読み。それでも、おもろい!おもろい!

明日の読書会の課題図書『ガラスのうさぎ』も読まなくちゃいけないとわかっていても、すぐ読めるでいいわぁとそっちのけ!

人間、好きなことは出来るのです。

さっそく気になることが見つかりました。日向市にある黒田の家臣の墓について。

もう一回じっくり読んで行動しようと思います。

歴史研究者家が大河ドラマに疑問を持つってこんな気持ちなのかな。(笑)
しばらく楽しめそうです。

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希望としては花園ラグビー場に・・・

 全国高校ラグビー大会が始まった。先日の高校の同窓会で、一緒に花園に応援に行こうねと約束していたのに、残念ながら、宮崎県の決勝戦で負けてしまった。

 先輩たちや黒岩先生と応援しているはずだったのに・・・。来年は行ってほしいなぁ。今年の県代表 日向高校がんばれ!

 宮崎の話題ついでに日向夏がおばちゃんから届いた。電話をかけると、元気そうな屈託のない声がかえってきた。

 「みかんが届いたね。いかった。ハウスみかんじゃかい、すいぃかもしれんとよ。でん、日向夏がいいじゃろって送ったつよ」

 「名古屋ん・・景気はわりごつあるね。どうもこうもならんごつなったら、かえってくりゃいいっちゃが。今かりゃ 農業が一番よ」

 などなど。私は「頑固なおじちゃんは元気なね~」と。「元気よ。ますますがんこじゃがね・・・」だって。

 日向夏どうして食べようかな。砂糖じゃ甘いし、そのまんまがいいかな。最近は醤油をかけて食べるのが流行りらしいけど。Sa3a0099

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